61：割り切れない心 ページ21
木陰から垣間見えたマスターはあんなにも輝いて見えたのに。
恋をしてもしなくても、結局、根幹にある自分は変わらない。
だってそうだ。
人間の覚える感情にきっと私は憧れただけだったのだろう。
その証拠に、これだ。"イシュタル"というスイッチが入ればこんなふうにすぐに冷酷な女神に戻れる。
綺麗な感情なんてそこにはない。
あるのは強い嫉妬と執着。私はただ忘れてただけ。忘れたいだけ。
碧を好きでいたこの気持ちも、きっと―。
「虚しいわね、私」
そっと瞳を閉じれば自分の不調さえもわからない。
泣きたい気持ちじゃないのに、それどころか納得した結論に至ったというのに。
どうしてだろう。
なんでこんなにどうしようもなく泣きたい気持ちになるのだろう。
帰ろう。きっと、一度頭を冷やした方がいい。
近々聖杯戦争が始まる今、考えるべきことは他にあるでしょ、エレシュキガル。
私は無事、碧と樹を故郷に返してあげたい。ふたりのことが好きだから。
いつだって彼らの無事を祈っていたいから。
よし、とひとり気合を入れ頬をベチンと叩けば直後、彼女は目を見開くことになる。
しゃがみ考え込んでいた彼女の正面に同じ体制でこちらを見据えている渦中の存在がいるだなんて全く気付いていなかったからだ。
「？！貴女が、どうして？！」
「？話しが見えないのだけれど…女神様は私の顔に見覚えでもあるのかしら。どうやらそのようね。けれど、貴女の知る存在ではないわ、私は。なんだか勘違いしているように見えたから、一応」
「…な、なにをいってるのかしら」
「…でわ。これで、信じてもらえるかしら」
にこりと微笑めば、エレシュキガルの前にそっと手を差し出す飛梅。
そんな彼女の行動に一瞬身構えるエレシュキガルであるわけだが彼女の手元から知っている香りが鼻を掠める。
この香りは知ってる。
「そっちの方が似合っているのではなくて」
「え」
「女神様にこんなこと、出過ぎた真似かもしれないけれど。今の表情とてもいいと思う…というか、それが答えだと思うというか。あー、正直な話しをすると」
エレシュキガルのリボンにそっと手元の梅の花をつけてあげれば距離をつめ囁く飛梅。
その言葉を聞いて、赤面しないわけがない。
「碧は激ニブだから頑張らないといろいろキツイと思うわよ」
「へぁっ？！」
納得したはずなのに。
どうして心がこんなにも落ち着かないのかしら。
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