letter*12 ページ14
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瞳を閉じれば瞼の裏に映るもの。これが"懐旧"の念というやつなのかもしれない。
「中佐。明日、帰らねばならない理由を尋ねてもよろしいでしょうか」
「ドロッセルにいかねばならないのよ。本来は今、私はここへいるべき存在ではなかったということよ」
自動手記人形の背を嫌な汗が伝う。
それはおそらく、今最も考えたくはない憶測が的中してしまう予感があったから。
「海軍を退役した私はしばらくの間、ドロッセルの地に身を置いたわ」
「………」
「そのときにね。求婚されたのよ。身分も相応となれば、一度婚約破棄された女性には願ってもない話し…となれば自ずと私の選ぶべき道は決まった、というところよ」
「良い御方なのですか」
「ええ。私には勿体ないほどに。私を愛してくださっているわ」
そのあとに言葉は続かない。
ただ打ち寄せる波音だけがふたりの間を抜けていく。
「ねえ、ヴァイオレット」
「はい」
「今、貴方は幸せ?」
「はい」
返答の代わりに浮かべられた笑みは月明りに照らされていて。
その笑みを前にすればなす術などなく。
できることといえば、ぐっと拳を強く握ること。
自動手記人形は"もどかしさ"を覚えたのだろう。
それからのことはあまり覚えていない。
あの夜は感情の起伏が激しく、なんとか一通したためることはできたものの。
その代償を払った理由は明白だった。
人形は1人の女性に"感情移入"していたのだ。
記念だと社長より送られた自社の封緘を施し、この地でしか発行されていない切手を震える手で添える。
この手紙を送れば間違いなく終わりを告げてしまう。
最後の僅かな望みでさえ途絶えさせてしまう。そう考えたら初めて手紙をだすことに恐怖さえも覚えた。
「素敵な切手。記念に買っていこうかしら」
「中佐…いえ、ウェンディ様、」
「ごめんなさい。つい甘えて貴方にも背負わせてしまったわね」
「いいえ、そうではなく、」
「この手紙は私が預かるわ。ありがとう、ヴァイオレット。本当に、ありがとう」
机上に置かれた希望は彼女の鞄へと綺麗に収納され、自身の元を離れる。
止めることなどできない。
それほどに彼女の瞳が強く覚悟を決めていたから。
「貴方はギルベルトの手を離してはだめよ。決して、ね」
「ウェンディ様…っ」
「さようなら。」
"ヴァイオレット・エヴァーガーデン"
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湊(プロフ) - 華蓮さん» 初めまして。ご愛読頂きありがとうございます。こちらこそ素敵なお言葉をいただいてしまい頭が上がりません。サイドストーリーもぼちぼちあげようかと考えておりますので暖かく見守っていただけましたら幸いです。コメントいただきありがとうございました! (2020年10月13日 12時) (レス) id: 83bbd53189 (このIDを非表示/違反報告)
華蓮(プロフ) - 初めまして。連載お疲れ様でした。毎回、更新を首を長くして待っていました。もし、サイドストーリーをお書きになるのでしたら、楽しみにしています。本当に素敵で、大好きな物語でした。ありがとうございました。 (2020年10月12日 21時) (レス) id: d2c438ab67 (このIDを非表示/違反報告)
湊(プロフ) - kさん» 初めまして。こちらこそ本当に本当にありがとうございます。こちらこそ本当に嬉しくて言葉ではいい表せないくらいに幸せだと感じています。もう時効だと思うんです。だからやっぱり彼にも幸せになってもらいたいなって。ありがとうございます。 (2020年10月11日 10時) (レス) id: 83bbd53189 (このIDを非表示/違反報告)
k - 本当にありがとうございます…どうしても読みたかったディートフリートの話を読ませていただけることが嬉しくて溜まりません。綺麗で素敵な言葉の綴り方が本当に大好きです。この場では感情が収まりきりません。本当に大好きです。更新心から楽しみにしております。 (2020年10月11日 9時) (レス) id: 5205b065eb (このIDを非表示/違反報告)
湊(プロフ) - Rioさん» はじめまして。素敵なご感想ありがとうございます。とても嬉しいです。完全なる趣味小説でして誰にも見向きもされないかもなと筆をとったので本当に心強いです。ディートフリートは誤解されがちですから。少しでも彼を救えたらという思いで頑張らせていただきますね。 (2020年10月10日 8時) (レス) id: ab18fde111 (このIDを非表示/違反報告)
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