ピエロの涙8

episode390 ページ40

・









『…っ、ま、まあ、それが言いたかった…だけだから……』

「ちょっと深瀬！」


深瀬は、すごく恥ずかしそうに口元を手で隠しながら、静止する彩織ちゃんの声も聞かずに、さっさと先に行ってしまった。
残された俺と彩織ちゃんはゆっくりと歩く。
何も言わずに、黙々と歩いて進む。


「なかじん？」

「ん？」

「どうしたの？なんか嬉しそうだね？」


思いもしない言葉に、そう？と言いながら自分の頬を触る。


「少し懐かしいことを思い出してたんだ」

「懐かしいこと？」

「うん、彩織ちゃんと出会うよりもずっと前」


俺は、彩織ちゃんに俺の思い出を話した。
一つ一つの言葉を丁寧に選びながら
まるで、大切な宝物を壊さないように、そっと扱うみたいに。Aとの思い出は全部、大切にしたいから。
話し終えると彩織ちゃんも少し頬を綻ばせていた。

「へぇ、じゃあ、そのAの言葉のおかげでなかじんは今こうして笑えるようになったんだ？」

「そうだね」

「その男の子とはどうなったの？」


俺は、彼のことを思い出す。


「うん、次の日かいつかに謝ってきてさ。余程ショックだったんだろうね。ほら、Aのことが好きだったから。好きな子にあそこまでガツンと言われたら、ね。俺は別に怒ってなかったし、そこからはそれまでどおり。もともと仲良かったわけじゃないから、特に何もなく卒業して。中学も離れたから」


別にあれからは何もなし。
仲も普通に戻って、たまに喋ったりする間柄になった。卒業まではずっとAを好きだったみたいだけど。


「それにしても意外だね。Aがそんな強気なことをするなんて。今のAからじゃ想像出来ない」

「俺も弱虫だったわけではないと思うんだけどね、そのときばっかりはAに救われた。今のAが気弱なんじゃなくて、俺が強くなれたって思いたいけど。そりゃあ、前からAのことは大切だったんだけど、この出来事が、俺がAを守りたいって思うようになった、決定的な出来事かな」


小さい頃から俺はAを守っているつもりだった。でも、たしかに俺は、少なくともあの時は
Aに守られた。

episode391→←episode389

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す