ここでキスして。 (ページ1)

今日:8 hit、昨日:11 hit、合計:17,672 hit

1 ページ1

．

行かないでね

どんな時もあたしの思想を見抜いてよ

あなたの長い睫毛も其の華奢で大きな手も

全部大好きなの

何処にだってあなた程のひとなんて居ないよ

あなたしか見て無いのよ

今すぐに此処でキスして

行かないでね

何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ

あなたしか見て無いのよ

今すぐに此処でキスしてねぇ

急に聞こえなくなった片耳イヤホン

視線の先で揺れるコードの先を辿ると、いつの間にか隣に立っていた待ち人が自分の片耳に突っ込んでいた。

「あ、これ知っとる」

「有名やしな」

「椎名林檎やっけ？」

「せや」

「ふうん…可愛い歌詞やなぁ」

何気ない一言でも、俺の心を乱すのには十分で。

「…嘘やん、A重い子嫌いやろ？」

「うん。でも歌詞可愛いなぁって思ったんはホンマやで？」

一途で可愛いわ、売れるのも納得やなぁ。なんて結構真剣に聞き入るA。

…この歌な、俺の気持ちに似てるな思ったから聞いてんのやで

お前が可愛い可愛い言うた感情、まんま俺がお前に向けてんのやで？

「あら、なんか変な洋楽始まってもうた。
こーじこーじ、次BUMPにしてよ」

「自分ので聞きーや」

「康二と聞くのがええんやん」

ほらはやくって肩に腕を回されたから、仕方なくプレイリストを漁る。

嗅ぎなれた香水とほんのり混じって香る、
甘ったるい女物の香水の匂い。
開いた襟元から覗く、赤い印。

慣れようとしてどれくらい経ったんやろ。
未だに慣れない嫌悪感に、吐きそうになる。

「天体観測にしてや」

「嫌や、俺のやから俺が決める」

「けち」

片思いして、今年で10年目

爽やかな朝とは裏腹な、
じっとり沈んだ失恋ソングを選曲してやった。