7. ページ40
ふわり。
気のせいかな。ここは病室なのに。桜なんかもうとっくに散ってしまっている季節なのに。彼のその儚い笑みを見ていたら胸がギューっとなってうずうずする。
そう、絵にしたい。
こんな淡く儚い桜みたいなこの笑みを、絵にしたい。
心の奥でポッと湧き出た感情を自覚した途端、居てもたってもいられなくなって俺は立ち上がった。
ガタッ。
勢いに乗って大きな音を立てた椅子。それにびっくりしてしまった翔くんはパッチリとした二重の目をまん丸にしていた。ごめんね、びっくりさせて。
掴んだままだった手を名残惜しくもそっと離して病室を後にする。だって、早く、早くしないとこの煌めきが逃げてしまう。
『ごめん、やらないといけない事が出来た』
「え？」
戸惑うのも無理はないだろう。会話の途中で立ち上がったと思ったら帰ると言うのだから。でも今の俺にはどうしたって止める事なんて出来ない。
『ホントごめん、今日は帰らせて』
それだけ言って、俺は病室を出てきた。ドアに向かう直前、目の端に捉えた翔くんの宙に浮いたままの細い手が胸を刺してくる。折角仲直り出来たと思ったのに。そう思っているだろう。本当にごめん。
「ちょっと、大野さん！」
後ろで二宮先生の俺を呼び止める声が聞こえる。そんなんじゃ止められない。何をされても止めるつもりはない。折角降ってきたものなんだ、湧いてきたものなんだ。
俺はこれを逃しちゃいけないんだ。
まるで本能のように感じていた。
その時確かに俺は_________________________芸術家だった。
久しぶりに、ほんっっっっっとうに久しぶりに心から描きたいと思えるものが見つかった。そんな衝撃だった。息をするようにスッと入ってきた、血液が身体中を巡るような滑らかさだったけれど。いや、寧ろ血液が全身を駆け抜けていくような勢いだったけれど。
自分が何を言っているのか理解出来ないくらい興奮している。だって、こんな気持ち、あの頃と同じだ。まだ、青くて目の輝きが自分でも分かるくらいキラキラしていた頃。同じ、同じだ。
あぁ、ワクワクする。
早く、早く、アトリエに戻らなければ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 151人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：フレンチ糖スト | 作成日時：2022年2月6日 21時
