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店のドアを開けて一歩、中へ入った。
「いらっしゃいませ」
松潤がそう出迎えてくれた。他の客と何ら変わらないその台詞だったが、向けられたその微笑みが距離が縮んだ俺だけに向けられた顔で少し安心した。
周りを軽く見渡すとどうやら翔くんの姿は無い。彼がいつも座る、あのカウンター席にも他のテーブル席にも。なんだかくじでハズレを引いたみたいな気分でさっきまでのやる気を失ってしまった。いや、そんな事言ったらこの店にも松潤にも悪いか。
目的をひとつ失ってしまった俺はもう一つの目的を果たすべく、彼の代わりにカウンター席についた。まぁ、温かい朝飯なんだけど。
「何食べる？」
フラットに聞いてくれる松潤は中華料理店で働いているとは思えない程紳士だった。朝に相応しい爽やかさで目も心も奪われてしまう。そうか、前から女性客が多いと思ってはいたけどそういう事か。
『えーと……何でもいいや』
「何でもって…笑。投げやりにならないでよ」
『えー……じゃあ中華丼』
「中華丼ね」
カラン…と俺の前に水を置いて奥へ消えて行った松潤。ちょっと中を覗けば、早速中華丼を作り始める松潤と中華鍋を振るう相葉くん。
冷たい水を飲みながら店のドアの方を見るが、翔くんが来る気配は無い。時々開かれるドアにぴくっと反応しても、それは翔くんではなかった。まぁ、そう簡単に会えるものでも無いか。自分に言い聞かせたが、まだ何処かで運命や偶然を信じている自分がいた。
その内、相葉くんが注文を取りに奥から出てきて、戻り際に俺に気付いた相葉くんが手を振った。勿論俺もそれに返して暫くすると、今度は美味しそうな中華丼を持った松潤が出てきてそれを俺の前に置いた。
「お待たせしました」
ほかほかと湯気の立つそれは、餡がツヤツヤしていて食欲を湧かせる。正直、翔くんにばかり気を取られていてもう一つの目的なんてついででしかなかったけど、これを見てしまったらもうついでなんかでいられない。
『いただきまーす』
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作者名：フレンチ糖スト | 作成日時：2022年2月6日 21時
