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「あっ………」
後ろでそんな声が聞こえた気がした。俺は立ち止まることができずに走り続けた。何処へ逃げたら良いのかも分からず、彼らがまた追いかけてくる事を恐れながら走った。
だけど、彼らはそれ以上追いかけてこなかった。
___________
『はぁ…はぁ…はぁ……』
何か食べようと外へ出たにも関わらず、何も食べずにアトリエへと戻って来た。腹は……もう空腹を忘れていた。後ろを振り向いて、誰も追って来ていない事を知るとなんだか悲しくなったが、逃げるように中へ入った。
中へ入ったら、少しだけ安心した。自分を不利な立場へ追いやる"それ"が無くなった事での、安心かもしれない。
一度、深呼吸をして改めて呼吸を整える。それによって嗅ぎ慣れた絵の具の匂いを再び感じると、気持ちが落ち着いた。
さっきまでの聞いたことは全て忘れてしまいたい。気持ちが落ち着いても尚、胸がざわざわしているそれをどうにかしようと室内を歩く。なら、取り敢えず続きを描こう、と思い立って続きの絵の前に座ると描きかけのよく分からない絵を眺めた。
どうやって描いていたんだったか、何を描いていたんだったか、続きを描くために、と考えを巡らすと段々と胸の内に滞っていたざわざわが忘れられるような気がした。
だが。
不意に思い出した個展のコンセプト。それにした理由。
口にはしなかった頭の奥底に閉じ込めていた、翔くんと出会った思い出。
最初にコンセプトを考えた時に「流石に個人的すぎる」と否定していたのに、結局俺は個人的な意思に従っていたんだ。
思い出に縋って、翔くんの事を想っていた。
叶わなかった約束の日。俺は一番に翔くんに個展が決まった事を報告して、それを一緒に喜んで欲しかった。
そんで、個展にも是非来て欲しいと思っていた。
あの日を境に全てが狂ってしまったように思っていたが、今考えるとやっぱり、まだ軌道修正出来たんじゃないかと思う。
もし、謝られてすぐ許せていたら……。
もし、翔くんの姿を見ても動揺せずにいられたら……。
もし、あのまま相葉くんの店に通い続けていたら……。
もし、出会ってすぐに連絡先を交換していたら……。
たらればが溢れて、止まらなくなると同時に涙が溢れた。目の前に映る乱雑に塗られたキャンバスが俺の心を掻き乱した。
あぁ、馬鹿は俺の方だ……。
《I love you...》
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作者名：フレンチ糖スト | 作成日時：2022年2月6日 21時
