頼りは狐のみ。 ページ15
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「……A、あの、さ」
嗚呼、来ないで。今はまだ、整理がついていないんだ。泣き跡のあるハルの顔を、申し訳なさすぎて見られないんだ。
必死に、視線を泳がせた。
近付く気配を見ぬように、必死に、俯く。
「なあ、A」
名前を呼ばないで。
やめて、そんな、どうして。
なんで、ハルがそこまで申し訳なさげな声を出すの。
訳が分からない。立ち去れば良いんだっけ、本能さん。
でも、立ち去るために何をどうするの?
足をどうすれば良い?手はどこに置くの?
――私は、どうすれば良いの?
機能を失った脳は、何の指示も出してはくれなかった。只管目を背けることしかできなくて、またそれが不甲斐なくて。
必死に、唇を噛む。
「…なあ、あの」
「帰るで」
雑音だ、聞き入れるな、とばかりに振動する空気を払い除けていた鼓膜が、その人の声だけは受け入れてくれた。
何も気にしない、とでも言うように、私の手を握り歩き出すその人の声だけは、私の耳に入り込んだ。
「え、北さ、あの…!」
必死に、掠れた声を出すハルをものともせず、足をとにかく進めている北先輩。その後ろ姿が、どれだけ力強いか。
「…すまんな、晴山。今日はダメなんや。また今度、明日にでも話せばええ」
柔らかい声。
振り返りハルに言葉を紡ぐ北先輩の顔の、何と逞しいことか。
嗚呼、嗚呼…!
「……はい」
ハルの小さな声が、やっと、鼓膜を振動させた。私の耳は、ようやく機能を取り戻したようで。安心したからか、煮えくり返っていた味噌汁は冷めきり、脳がやっと、復活する。
「きた、せんぱ。あの」
何とか、言葉を出そうとする。お礼。そう、せめて礼を言わないと。
そう思っても、思ったように口に出せない。
…味噌汁恐るべし。
自分の比喩でしかなかった味噌汁を思い切り恨んでいれば、北先輩が、何も言わずに私の手を握る手を強めた。
男バレの中では小さな体。でも、私よりも大きな体。
その背中で、一体どれ程を背負えるのか。想像なんてつくはずもない。
「…ほら、お前の鞄、あったで。はよ帰ろ」
いつの間にか私のクラスの前だった。そこでやっと、私は、礼の言葉を述べることが出来た。
「…ありがとうございます」
別の意味。鞄を渡してくれたことに対する礼ともとれるその言葉を、私は、他の意味を含めて発していた。
それを聞いた北先輩があまりに優しく笑ったから、余計、心が軽くなった。
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はるか(プロフ) - この作品のことではないんですがブスの愛で方はもう公開されないんでしょうか? (2023年2月25日 13時) (レス) id: aa3e2fb3e0 (このIDを非表示/違反報告)
サラミ - なんかもう…本当に胸が痛かったです…なんでそんなに感動する文章かけるの…?という感じでした。辛いし、気持ちが凄くわかるし、頭がうああってなって(語彙力)気づいたら大号泣していました。本当に素敵なお話をありがとうございました。 (2023年1月18日 22時) (レス) @page50 id: 82adb6822c (このIDを非表示/違反報告)
小桜(プロフ) - 北さんもいい……! めちゃくちゃにやけました! (2022年10月23日 0時) (レス) @page50 id: 8b4a915ba2 (このIDを非表示/違反報告)
お布団 - 何回ワシをにやけさせんねん!! (2021年11月28日 10時) (レス) @page50 id: e77bb3532f (このIDを非表示/違反報告)
リンネ(プロフ) - 私、恋愛をした事なくて恋愛小説をどこか違う世界のものとして読んでました。でもこの小説は、感情移入してしまって雨宮の「自分が嫌い」という感情が私と重なって泣いてしまいました。あなたの言葉で救われた気がします。ありがとうございます。 (2021年7月5日 2時) (レス) id: 2b6f27f6e1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:お水。 | 作成日時:2019年8月16日 11時