朝焼けのグリズリー

二人の関係・2 ページ5

　太輔と初めてキスをしたのは、太輔に引き取られてから十日ぐらい経った頃だったと思う。


　太輔はそれまで一度もオレに触れてこなくて、かといって家政婦みたいにこき使うわけでもなく、もちろん手をあげることもなかった。

　オレは太輔の愛人だと思い込んでたし、太輔の体にある銃創痕や纏う空気から、彼がいわゆる「普通のサラリーマンではない」事はほぼ確信を持っていた。だからこそ、オレに対して何もしてこない事がすごく不思議だった。だから

「…あの。なにも、しない、の…？」

　と、ある日にそう聞いてみた。


　そうしたら太輔の目が、くりっとまん丸に見開かれた。肉厚の唇がぽかっと開いて、ゆっくりと首がかしげられる。

「…えっ。何も、って、何が？」

「ほらあの、きっ、き、キス…とか…？」

「……」

　オレの言葉に、太輔が首をかしげたまま、瞬きもせずに固まった。その反応を目にしたオレも、まさかそんな反応をされるとは思っていなくて戸惑った。
　それから、だんだんと恥ずかしさが襲ってきた。
　いくら気になってたとはいえ、自分からこんないやらしい話題を振ってしまった事に焦りと動揺が生まれる。

　オレはばかか。と、そう舌打ちするのと同時に、顔が熱を持ちはじめた。
　これじゃあ、まるでオレが太輔からのキスを待ち望んでたみたいじゃないか。


　違う。断じて違う。

　キスしたいとかされたいとか、そんな気は一切ない。

　本当に、ただ、純粋に、気になってただけだ。


「いや、あの…えっと…」

　何か言い訳をしようと口が動くけれど、肝心の声が出ない。頭に何の言葉も浮かばなくて、ただ心臓の音だけがドクンドクンと響く。

「…あっ、の…その…そういう意味、じゃなくて。ご、ごめ…」

　まだまだ熱くなってくる顔を隠すように、肩をすぼめて俯いた時だった。

　オレの視界に、影がすうっと覆い被さってきて…顔をあげた時には、オレと太輔の唇はきれいに重なっていた。

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