馴染んだ日常 ページ1
無機質なピピピピ…という機械音が頭の横から鳴り響いて、くっついていたオレの目蓋が光を求めるように痙攣した。午前七時。起床時間だ。
朝晩の冷え込みが少し強くなってきた季節。
完璧に管理された空調と寝心地の良いふかふかのベッドに包まれて、持ち上がりかけた目蓋が何度も何度も閉じかけてしまう。
もう少しだけ、と体を丸めたくなるけれど、そんなことをしている余裕はない。オレは、一時間後に家を出るご主人さんのために朝食とお弁当を作らなきゃいけないんだから。
よいしょ、とベッドから降りてダイニングに向かう。コーヒー好きの彼こだわりの豆を挽いて、メーカーにセットした。その間に野菜を洗って、ハムサンドを作っておく。コーヒーとサンドイッチが完成したぴったりのタイミングで、奥の部屋からオレのご主人さん――藤ヶ谷 太輔さん――が気怠げな様子で歩いてきた。
「おはよう。わた」
オレを見るなり、ふわりと優しい笑みを浮かべる。その端整な顔立ちと寝起きの掠れた声に背中をぞくりと震わせながら、オレも
「おはよう。太輔」
って返した。それに少し笑みを深くした太輔が、テーブルのサンドイッチを見て目を輝かせる。
「あっ、今日はハムサンドだ」
「タマゴがもう残り少ないから。お弁当に入れる分、残しとかないと」
「本当?じゃあ帰りに買ってくるよ。他に必要なものはない?」
「ええと…うん。大丈夫」
「そう。了解」
太輔が、オレの髪をくしゃくしゃと撫でる。洗面所に向かった彼の後ろ姿を見ながら、高鳴る心臓に手を当てて息を吐き出した。
彼の凶器のような美貌は、目覚めたばかりでは刺激が強すぎる。
もう一度深く息を吐いてから、太輔の弁当を用意するために、再びキッチンに向き合ってタマゴを割った。
藤ヶ谷 太輔。オレのご主人さん。
ご主人さんと言っているのは、太輔とオレの関係がたぶん、兄弟でも恋人でもないからだ。愛人関係だ。…たぶん。
そして、太輔はやくざ、さんだ。…たぶん。
太輔いわく年齢はオレの方が上らしいけれど、たぶんそんなに変わらない…し、なんなら太輔の方が大人っぽくてしっかりしてる。一年か二年、年下なぐらいだと思う。…たぶん。
「たぶん」とつくのが多いのは、オレがまだこの状況を理解しきれていないからだ。
オレは、三年前からの記憶しか持っていないから。
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風華(プロフ) - 沢歌さん» はじめまして!こちらこそ見つけて読んで下さって、そしてもう一度読んでいただけるなんて本当に嬉しいです…ありがとうございます…!ぜひぜひ、一度目と、真相が分かってからの二度目とを読み比べてみてください(*^^*) (2022年3月12日 20時) (レス) @page50 id: e81894f7b2 (このIDを非表示/違反報告)
沢歌(プロフ) - はじめまして!面白いお話ありがとうございました(*´꒳`*)答え合わせするために再度、最初から読んでみます! (2022年3月11日 21時) (レス) @page50 id: 0c2f370c18 (このIDを非表示/違反報告)
風華(プロフ) - mi-chanさん» 最後まで読んでくださり、ありがとうございます!そしてイチャイチャの希望もありがとうございます。時期は決まっていませんが、折角恋人同士になったので、何かのタイミングで仲良しさせてあげられたらいいなと思ってます(*^^*)気長にお待ちいただけたら嬉しいです。 (2022年3月9日 16時) (レス) id: e81894f7b2 (このIDを非表示/違反報告)
mi-chan(プロフ) - ハッピーエンドで終わって良かったです!絶体絶命のピンチでハラハラしていたので…北山さんが苦手な太輔さんも面白かったです。おまけで太輔さんと渉さんのイチャイチャなどあるといいなと思ってます(笑)ドキドキするお話をありがとうございました! (2022年3月8日 2時) (レス) @page50 id: fa52f3ba38 (このIDを非表示/違反報告)
風華(プロフ) - kumiさん» ようやく結末まで書ききることができました。楽しみだと、面白いと言っていただけて、本当に嬉しくて励みになります。ずっと二人を見守り続けてくださってありがとうございました! (2022年3月7日 13時) (レス) id: e81894f7b2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:風華 | 作成日時:2021年12月15日 20時