聴けなくなる、その日まで。

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用事があって、静岡駅まで来ていた。


うちの社長は、すぐに無茶ぶりをしてくる。


けど嫌いになれない。


優しいし、面白いから。


そんな社長が欲しがっているカードを買いに行った。


買ったらすぐに帰ろうとしていた。


だけど、社長。ごめんなさい。


こればっかりは、足を止めないと駄目だと、体が言った。


俺が好きな、ボーカロイドの曲。


それをストリートピアノで、可愛い女の人が弾いている。


夢中で聴き入っていたら、演奏は終わっていた。


女の人が立ち上がって、その場を去ろうとした。


それは駄目。


何としてでも、話しかけたい。


話しかけて、その足を止めたい。


コミュ障な俺だけど、今日だけは関係なかった。


演奏が上手だったこと、俺自身もボカロが好きなこと。


どちらもしっかり伝えれた。


彼女は、とても素敵な笑顔で、お礼を言った。


その笑顔が、眼に、頭に、焼きついて離れない。


会社に戻ってからも、その女性のことを考えていた。


また行ったら、きっと会えるよね。


そう信じた。


「おっ、たなっちどしたん？珍しく悩み事？」


同い年のともたか。


仲も良いから、相談もよくしあったりしている。


けど、


「ううん。何もない。」


今日は嘘をついた。


本当は、とても大きい悩み事なのに。


「そっかあ。何かあったら言ってよー？」


そう言って、ともたかは編集部屋に入っていった。


胸がドキドキしていた。


何のドキドキかも、分からないのに。


真剣に考えた。


その結果がこれだ。


あの数分間の演奏で、


彼女の奏でる音に、


一耳惚れしたんだと。


可笑しいよな、俺。


かわいい人だったから、好きになった。


それならまだ分かる。


けど、そうじゃなかった。


何をすれば良いのか分からない。








ねえ、もし俺が、あなたに、





「あなたの奏でる音に、一耳惚れしました。」





なんて言ったら、距離を置かれるかな。




だけど、まだ今は、言わなくて良い。



きっと、ベストなタイミングが、



いつか来るから。


その時まで、ゆっくり待とう。

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