一目惚れ ページ1
「あ、落としましたよ」
声変わり前なのか、若干の幼さがある声がかけられて振り向いた。落とした、という言葉に過敏に反応してポケットを漁ると、確かに突っ込んだはずのハンカチがないことに気がついた。視線を上げると、包帯が巻かれた掌に、薄いピンクの布が乗っていた。私のハンカチだ。
「ありがとう、ございま、す……」
ハンカチに手を伸ばして漸く、声の主の顔を見た。
濃紫の髪の毛はサラサラとしていて、蛍光灯の光を受けて輝いている。スっと通った鼻梁に、薄くも艶とした唇。アーモンド型の瞳は、長い睫毛が包んでいた。
こちらをじっと見つめる翡翠に、一瞬にして目を奪われた。彼以外の姿が、声が、私には届かない。時が止まったような、私達だけ別世界に飛んでしまったんじゃないかと錯覚してしまうような、不思議な感覚。ふんわりとして、それでいて腑に落ちるような、まるで魔法のような、新体験。――ああ、これがもしかして。
神奈川県立いちから高校2年A組、剣持刀也。私は、この一瞬に彼を好きになってしまった。所謂、一目惚れってやつ。
*****
そういえば、おんなじクラスだったな。
先程の運命的な邂逅の後、剣持くんは固まってしまった私を訝りながらもハンカチを手渡してそのまま去っていった。揺れる後ろ髪がなんかかっこいいなあとか考えて、少しぼーっとしてしまっていたらしく、予鈴が鳴って慌てて教室に駆け込んだ。幸い、教科書は準備してあったし先生もまだ来ていなかったので、九死に一生を得たというわけだ。
ふぅ、と一息つきながら自席に座り、何気なく前を向いたら……目に飛び込んだのは艷やかな藤色。えっと声を出しそうになったのをすんで抑えて、あんまり使い物にならない脳をフルスロットルで回転させれば、入学から2年間同じクラスで、しかも今学期は剣持くんの後ろの席であったことを思い出す。他人に興味なさすぎて、そんなことも忘れていたとは不覚である。
いや……!これはチャンス……!?神様の思し召し……!?
ガラリと扉が音を立て、先生が入室してきたのを横目に、私は剣持くんに少しでも意識してもらうぞ!と心を燃やした。
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作者名:うぐ | 作成日時:2023年11月6日 22時