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相変わらず軋む扉を開き、どうぞ、と彼を招き入れた。辺りをきょろきょろ見渡しては、時々小さく声を出している。
「狭くてごめんね」
「いや、俺こういうところ初めて来ました。なんか、お洒落な…こう、すごいっす」
「誠知くん、語彙力…」
「ほっといてください」
馬鹿がバレた、と困ったように小さく笑う誠知くん。展示された絵をひとつひとつ、丁寧に見ていく彼の視線は、なんだか私の心の奥を見ているようで擽ったくなった。
背の大きな彼の背中をじっと見つめる。野球選手、なんだもの。厚みのある背中を丸め、彼の目線より低い位置に飾られた絵を真剣に眺める誠知くんに、じくん、と胸が鳴った。
「これ、本当に葵さんが…?」
「うん、描いてるよ」
「すげ…」
すべてを観覧した誠知くんが、私に向かって歩いてくる。そのまま覗き込むように顔を見られ、驚いて思わず後ずさりしてしまうと。ふ、と笑った誠知くんが、私の掌を撫でた。
「せ、いじくん?」
「こんな柔らかいひとが、こんなの描くんすね」
「え?」
「かっこいい」
「誠知、くん」
「努力の手だ、」
絵の具やインクが付いた手を、大きな手が包む。どきどきしてしまって、誠知くんが見れない。包まれた手は、短い爪と少し荒れた、女の子らしさなんて微塵もない手なのに。
誠知くんは認めてくれるかのように、優しく撫でてくれる。この手が創り出しているものに、敬意を込めてくれている気がして、やっぱり胸の奥がじくっと濡れた。
「ありがとう…」
「こちらこそ、良いもの観させてもらって、ありがとうございます」
「……誠知くんも、」
「え?」
「誠知くんこそ、努力の手だよ」
包んでくれた暖かい手に、そっと触れる。彼の掌を上に見せると、痛々しいマメがたくさんできていた。それをひとつひとつ、撫でていく。彼の視線が熱くなった気がしたけれど、そんなの構わなかった。
この努力に、どれほどの涙があったのかな。そう思うとなんだか、がんばれ、って応援したくなった。
「葵、さん」
「頑張ってるひとの手だね。すごい、かっこいい」
「……」
「かっこいいのは、私じゃなくて、誠知くんだよ」
「…葵さん」
「今日出会ったばかりのひとに、こんなこと言われたくないかもしれないけど…がんばってきたんだね」
やっぱりすごいね、
そう言おうとした、そのときには。綺麗な形の唇が、私のに触れた。
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aoi(プロフ) - みゆうさん» こちらこそです*楽しみにしています。 (2019年3月5日 1時) (レス) id: 1e8b3648c1 (このIDを非表示/違反報告)
みゆう(プロフ) - aoiさん» 見てきただけて嬉しいです!ありがとうございます! (2019年3月4日 22時) (レス) id: faf8ae436c (このIDを非表示/違反報告)
aoi(プロフ) - みゆうさん» とてもありがたいお言葉ありがとうございます…!意識している部分でもあったので、嬉しいです*そして実は私、みゆうさんのおはなし拝見させてもらってます。私こそ更新楽しみにしています* (2019年3月1日 0時) (レス) id: ddb827d49e (このIDを非表示/違反報告)
みゆう(プロフ) - aoiさんの書く小説、主人公の見ている景色や生活の雰囲気だったり、想像力が膨らんで、心がほっこりする言葉の使い方が凄く好きです。更新楽しみにしています! (2019年3月1日 0時) (レス) id: faf8ae436c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:aoi | 作成日時:2019年2月28日 23時