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自然と笑みが零れてくるのを手のひらで隠していると、校門の奥、学校の敷地の方から見覚えのある女性の影がこちらに向かって歩いてきていることに気が付いた。十中八九Aさんだろうが、心なしか足取りが重そうだ。
まさか件の男と何かあったのかと心がざわつくも、Aさんは俺の存在に気が付くとやや足を速めた。厚手のコート、スカートから伸びた足はきちんとタイツに包まれていて、さらに防寒としてそこに靴下を重ね履きしていることを俺は知っている。マフラーを巻き帽子を被った彼女の皮膚が出ているところなどほぼ目と頬と手くらいなものだが、その目がどこか朦朧としているのは俺の気のせいではないはずだ。
「スマイルさん〜・・・・・・」
いつものように間延びした声と共に体当たりされるも、その体にはほとんど力がなく、ぐて、と寄りかかるように体重をかけられた。お互い厚着をしているので分かりにくいが、体が熱い。俺はその頬に手を当て体温を確認しながら、小さくため息を吐く。
「熱があるじゃないか」
Aさんは何かを訴えかけるようなとろんとした瞳でこちらを見つめている。
「いつから熱があったんだ」
「わかんない・・・・・・」
「頭は痛む?それともお腹か?」
「寒い・・・・・・」
彼女の手を引きながら質問をするも、ほとんど要領を得ない。そういえば昨日くしゃみをしていたが、あれが兆候だったのか。俺は自分のマフラーを解くと彼女の肩にかける。
「抱えようか」
「荷物じゃないです・・・・・・」
「分かってる」
眼鏡を買いに行った日曜日とほとんと同じ会話をしてしまったが、あの時は冗談だったとはいえ今は本気だ。歩くのもしんどそうな彼女はしかし首を振る。
「暗いし、人はいない。誰も見てないから」
「・・・・・・」
「おぶるから、背中に。早く横になった方がいい」
「・・・・・・でも」
「え?」
「私、結構重いんです・・・・・・」
「は?」
何を躊躇っているのかと思えば、この期に及んで体重の話を持ち出した。女性からしてみたら重大な問題点なのかもしれないが、俺に言わせてもらうと些事に過ぎない。無性に湧き出てくる苛立ちを抑えながら低く「抱きかかえられる方が好みなのか?」と問いかけると、Aさんは眉を寄せて、それから「二択しかないならおんぶがいいです」と返したのだった。
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taka10(プロフ) - 少しずつ変化していくふたりの心情に、胸が締め付けられます…… 折り返し過ぎてしまって、どんな結末を迎えるのか楽しみでもあり、不安でもあり、そしてやはり終わってほしくない、ずっと見ていたい気持ちもあります… 無理なさらず更新頑張ってください。 (2月25日 8時) (レス) id: fe4fec6c9e (このIDを非表示/違反報告)
やなぎ(プロフ) - taka10さん» コメントありがとうございます。いつか別れが来るとわかっていながら、距離を近づけていくことを意識しているのでそう言っていただけてとても嬉しいです!まだ半分程度ではありますが、完結までご一緒いただけると幸いです。 (2月4日 22時) (レス) id: 05a7068e83 (このIDを非表示/違反報告)
taka10(プロフ) - 丁寧な距離感の描写がとても素敵です。もどかしいような、じれったいような、でも終わってほしくないという矛盾した気持ちになりながら読ませていただいています。 (2月4日 16時) (レス) id: fe4fec6c9e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:やなぎ | 作成日時:2024年2月3日 13時