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「Aさんで間違いないですね」
「え、何で私の名前･･････」
「怪しい者に違いありませんが、危害を加える気はありません」
「は、はい？」
きっちり正座をしていたその男性は、その膝の前に一通の封筒と鍵、それから黒い革財布を差し出した。兄が好んでいた猫のキャラクターを模したキーホルダーと見覚えのある財布、そして何より封筒に書かれた見慣れた字を見た瞬間、私は、は、と息を呑んだ。「Aへ」薄汚れた鍵と傷んだ財布、端が折れた封筒。まさか、という思いが頭を掠める。目を見開いたままもう一度彼を見つめた。「俺のことはスマイルと呼んでください」代わりに何も掴むものがないから、ショルダーバッグの肩紐を、縋るように握りしめる。
「あなたの兄の頼みでやってまいりました。話を聞いていただけますね」
Aへ。
元気でやってるか？飯はちゃんと食ってるか？俺がいないからって菓子ばっかり食ってないか？お前は一人だと料理を作らないから、これを機に改めろ。それと、また妙な男に付きまとわれていないか心配している。もし困ったことがあったらスマイルに追い払ってもらうといい。きっと力になってくれるだろうから。
お前はなんだかんだ言って環境に順応するのが早いから、俺がいない生活にもきっと慣れてるんだろうな。だけどやっぱり俺は心配だよ、元気で過ごしていてくれたら嬉しい。
詳しいことはスマイルから聞いてほしい。そいつの言うことに何一つ嘘はないだろうから、信じてやってくれ。それと、スマイルは俺の無茶な頼みを聞いてくれた。どうか邪険に扱ったりしないでほしい。俺の部屋にあるものを何でも使ってもらってくれ。お前が勝手に俺のものを捨てたりしてなければの話だけど。
くれぐれも体には気を付けて。あと妙な男には引っかかるな。男は全員敵と思ってかまわない。
兄より。
「なんと書かれていましたか？」
「･･････大事なことは何一つ書かれていませんでした」
「ああ･･････」
スマイルさんは納得したというような顔で小さく頷くと、私が淹れたコーヒーを静かに口にする。ドリップ式ですらない安い粉のコーヒーは果たしてこの男性の口に合うのだろうか。スマイルさんは何も言わずにいる。しかし、一人で食事をするには大きすぎるダイニングテーブルに自分以外の人がつくのは半年ぶりに見たと思いながら、私は読み終えた手紙を封筒に入れた。
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作者名：やなぎ | 作成日時：2024年1月21日 12時
