【WT】さよならを後ろから数える【sm】 (ページ48)

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「･･････おかえり」

俺の声に俯いていた彼女が顔をあげる。手にしていた折り畳み傘から滴が数滴垂れた。そう思いたかった。「スマイルさん」Aさんの声は掠れていた。充血した目元、咄嗟に彼女が抑えた右頬は、心なしか少し赤い。何があったのか、喉元まで出かかった問いかけを彼女は踏みつける。

「雨、すごいですね、濡れちゃった」

エレベーターから降りて、肩掛けの鞄から鍵を取り出そうと探る。小走りで俺の横を素通りする彼女に濡れたところなどほとんどなく、小雨の降る道路に目線を送って、どこがすごい雨なのだと、苛立ちに似た得体の知れない感情が芽生えた。
透明のビニールでできた傘をさした男が、マンションから遠ざかっていくのが見える。その後ろ姿が土曜日に見かけた人物と似ているように思えたが、真実を知っているであろう彼女は既に玄関に入っている。

「スマイルさんはこれからお出かけですか？傘使います？」

ブーツを脱ぎながら、決してこちらを向こうとせずに言う彼女の言葉に首を振ったが、俺の答えなんて恐らく彼女には一切の関係がないのだろう。きみを迎えに行ったんだ。心の中でそうつぶやく。Aさんは振り向かない。

「すみません、ちょっと部屋に籠ります」

廊下を突っ切って、リビングに面した彼女の部屋に続く襖をあけたAさんは、結局そのあと長いこと部屋から出てこなかった。