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昼過ぎには帰ってくると言っていたAさんは、けれど申告していた時間から三十分が過ぎても戻ってこなかった。
少し前から降り始めた雨が窓を叩く音を聞きながら、炬燵にあたって本を読む。日本地図を作り上げた男の生涯、自分よりもずっと若い男を師と仰いでまで学問を探究したその向上心、興味深い題材だというのにいくら活字を追っても頭に入らない。こちこちと一定の間隔で音を立てる秒針に何度目かの視線を投げた。そういえば、先週もAさんは予定していた時間に帰ってこれなかったのではなかったか。
彼女曰く徒歩圏内にある学校だ。先週は立て込んでいたと言っていたように記憶しているが、今日もまた何か問題が発生したのだろうか。ページを捲った瞬間、指を紙で切った。舌の腹で血を舐める。
脳の片隅に、数日前に見かけた男の存在がちらついた。嫌な予感というものは、残念ながら当たるものだ。ちりちりとした感覚に小さく息を吐いた。
本を閉じて、彼女が俺に残した鍵を手にする。一度Aの部屋に戻って上着をとると、靴を履いて玄関を出る。少し近所を見るだけだ。もしかしたら勉強のために学校に残っているということだって考えうる。重い玄関扉を閉めて鍵をかけると、猫の飾りがじゃらりと音を立てた。
間抜けな瞳と目が合ったが、上着のポケットにそれを入れて、一階からあがってくるエレベーターを待つ。いくらか待って、到着を知らせる表示が点滅した瞬間、扉が開いた、思わず息を止めたのは、そこに彼女がいたからだ。
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作者名：やなぎ | 作成日時：2024年1月21日 12時
