【WT】さよならを後ろから数える【sm】 (ページ44)

今日:24 hit、昨日:6 hit、合計:9,916 hit

･ページ44

彼とのやりとりが始まったのは七月だった。けれど、そのときはこんなことになるだなんて思ってもみなかった。
彼はお兄ちゃんが居なくなってしまった私に対して親身になってくれたし、弱っていた私も少なからず頼りにしてしまった、それが悪かったのだ。彼からの連絡が頻繁になったのは夏の終わりごろで、段々と言葉遣いに遠慮がなくなっていることに気が付いたのもそれくらいだ。

彼は二年前のように、私を支配しようとしていた。気が付いていなかったわけではないのだ。返信をしないようにしても、一方的に携帯にメッセージが届く。そうでなくとも学校で声をかけられる。逃げ場なんかない。自業自得だ。分かっているのに、「また付き合いはじめたの？」という何の気もない友人の一言に、首を振ることすらも恐ろしい。

少しずつ、外堀を埋められていくようだった。ちょっと変わってるけど、優しくていい人だよね、そんな彼の評価は簡単には覆らない。無視をし続けたメッセージに笑顔のマークが送られる。私はその背後にあるものを察している。

「ねえ、A」

聞き覚えのあるその静かな声に、私は足を止めた。

マンションの入口に、その人は立っていた。カーキのパンツに黒いジャケットを羽織った彼は、傘をさしたままこちらを見つめている。長い前髪の隙間から覗く双眸の下に、小さな黒子が一つ、目を見て話すことが怖くなってからは、私はいつもその黒子を見つめていた。傘を叩く雨音が徐々に激しくなる。冬の曇天、肌を刺すような冷たい空気、葉の落ちた街路樹が作る背の低い影、新しい水たまりが飛沫を立てる、彼の革靴は、水を吸って重い。

「なんでお前の家、電気ついてるの？」

穏やかに細められたその瞳は、しかし静かに歪んでいた。