【WT】さよならを後ろから数える【sm】 (ページ38)

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小柄な女性だ。表情が豊かで、怒るとすぐに口を尖らせるか眉を寄せる。すぐに足をぶつけるし、意地っ張りでお節介。Aの言うとおり料理が上手いが、掃除が苦手だ。
彼女が日中留守にしている間、出しっぱなしになっていたテレビのリモコンや新聞を俺が片付けていたことには恐らく気が付いていないだろう。寒さにめっぽう弱く、炬燵を出してからはほとんどそこを動かない。

課題をこなす横顔を眺めているのが好きで、隣にいた。鬱陶しがられるかと思ったが、存外彼女は俺を邪険に扱わなかったし、それどころか好意的に受け入れてくれていたように思う。

彼女の印象なんて、一週間経ったところで最初から少しも変わりはしなかった。彼女の兄であるAが5年に渡って彼女の話を懇々と聞かせてくれたせいもあるのだろう。俺は彼女のことを気に入っていた。
Aの代わりに、彼女を見守るつもりでいた。俺の隣を歩いていたAさんを横目で盗み見た、その瞬間だった。彼女は足を止めた。マンションを目前にした交差点で、信号が青にも関わらず前方を見つめたまま固まってしまった彼女を不審に思ってその視線の先を見る。

「あいつが大学に入ってから付き合った男がいたんだけど」

酒に酔ったAが忌々しげにつぶやいたその言葉が脳裏を過ったのは、恐らく俺自身、どこかでその存在を感じていたからだろう。

「別れるときに揉めてストーカーになったんだよね。結構前の話だし、もう解決はしてるんだけどさ」

あいつほんと、男を見る目がないんだよ。Aの声がこびりついたまま剥がれない。マンションの前、丁度Aの住居のあたりを見上げた男の後ろ姿をみとめたAさんは言葉もなくじりじりと後ずさる。その顔面は寒さのせいもあるのかもしれないが蒼白で、俺は彼女の手が俺の上着の裾を掴んでいることに気が付いた。

ふと男がこちらを向く気配を感じて、咄嗟に踵を返しながら彼女の肩を抱く。「うぇっ！？」と短い悲鳴をあげたAさんの口元に人差し指をたてると、自分の背で彼女の姿を隠した。あの男がこちらに視線を向けているのはなんとなくわかったが、追いかけてくる素振りはない。先ほどの公園のところまで戻って彼女の肩から手を放すと、身を固くしていたAさんは、体全体を使って項垂れた。