【WT】さよならを後ろから数える【sm】 (ページ32)

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カーテンの向こうがすっかり暗くなった頃、帰ってきた彼女は一番最初に洗い物をしてしまおうと思ったのだろう。あるはずの汚れた食器がないことに気が付くと、不思議そうに首を傾げた。

「あれっ？私朝マグカップ洗ってなかったですよね？」

「ああ、俺が洗った」

「へ！？スマイルさん洗えるんですか？すごい！もー、じゃあこれからは洗い物任せちゃおうかなあ」

「分かった」

冗談めかして言われた言葉に頷いて見せた俺に、Aさんは目を丸くする。

「前々から、何か手伝いをするべきだとは思ってたんだ。料理は今までほとんどやってないから自信ないけど、食器洗いくらいなら俺にやらせてほしい」

居候させてもらっている身としては至極当然のことを言っているつもりだったが、俺に期待をしていなかったのだろうAさんは感極まったというような目で俺を見つめた。「スマイルさんがそんなことを言ってくれるなんて･･････」と漏らされたが、彼女の中で俺は一体どういう評価になっているのか。コートを着たまま、彼女は俺の両手をぎゅうと握った。雨でも降っていたのか、その手のひらは驚くくらいに冷たい。

「ありがとうございます！助かります！」

鼻の頭が赤くなったAさんは目を細める。その綻んだ口元が、彼女の兄にそっくりで、俺は何だか懐かしい気持ちになった。

ふと気が付いたら、彼女の指先が震えていた。寒さのせいだろうか。何となく違和感を覚えるも、俺は僅かに俯いた彼女の黒髪によって隠されたその表情を、もう覗き込むことができない。