seventh day ページ30
Aさんが勉学に励んでいる間、俺がすることと言えばAの蔵書の端から端までを制覇することだった。Aさんは朝早くに起きて食事の支度をし、ついでだからと自分の弁当と一緒に俺の分まで拵え、身支度を整えて家を出る。
帰ってくる時間帯はまちまちだったが、買い物袋を引っ提げて玄関のドアを開け、一息つく間もなく夕飯を作り始める。合間に風呂を掃除し洗濯物を畳み、夜になると洗濯機を回しながらリビングで書きものを始める。彼女にとって俺という他人が一人増えたことの負担は計り知れないだろう。
木曜日は午後からしか授業を入れていないという彼女は、朝食を食べたあと、コーヒーを淹れ始めた。月曜日から三日間、慌ただしく家を出ていく背中を見送っていた身としては何だか不思議な光景だ。
俺の目の前に置かれたマグカップはAの鍵についていたものと同じ猫のキャラクターが描かれている。冬の朝、東向きにとられた窓からは白っぽい光が差し込んでいた。Aさんはふうふうとコーヒーに息をふきかけながら、味わうように口にする。
「はぁ、おいしい！」
「そうだな」
「ほんとですか〜？」
「なんだよ。本当だけど」
行儀悪くダイニングテーブルに肘をついたままマグカップを持つ彼女は、眉根を寄せて意地の悪い笑みを浮かべる。
「だってこれ、超安い粉のやつですよ。スマイルさんって何だかお上品だし、本当は食事に関してはうるさいんじゃないんですか？」
「そういうわけではないよ。まあ、苦手なものくらいはあるけど」
「え、そうなんですか？私、出しちゃってます？」
「ああ。何度か」
「ええ〜！？そんなに頻繁に使う食材なんですか？やだ〜！じゃあ聞かないでおきますね。ただでさえない料理の幅がさらに狭くなるんで、スマイルさんはこれからも我慢してください」
勿論作ってもらっている手前、嫌いな食材を大っぴらに宣言するつもりはなかったが、彼女の飾らない言い分には笑ってしまった。「ふふ、そうするよ」笑いを噛み殺しながらそう言ってコーヒーカップで口元を隠す俺を、Aさんはじっと見つめている。
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作者名：やなぎ | 作成日時：2024年1月21日 12時
