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俺がこの家にいる期間はひと月に満たない。そう思うと例えAの金であったと言えど必要以上の衣類が必要とは思えなかったが、Aの妹は家から徒歩十数分先にある衣料品店に入ると俺に男性物の衣服を当てては首を傾げたり、不意に「おお、似合う･･････」と感心したように頷くから、なんだか居心地が悪くなってくる。
広い店内には女性客が多かったが、男性物の衣類のコーナー付近は俺たちしかいなかった。俺が何も言わないのを良いことに、彼女は何を基準に選んでいるのかは分からないがぽいぽいと衣類を手にしてはかごに入れていく。セーター、インナー、シャツにカーディガン、ジャケット、 彼女が選ぶものはどれも少し趣味が悪い気がした。
「そんなには必要ない」
「えー、そんなことないですよ。最低でもこれくらいは必要です。兄の服、着てて苦しいでしょう」
「それはそうだけど」
「じゃあ必要経費ですよ。大丈夫、このお店安いんです。それにお兄ちゃん、ああ見えて結構稼いでたんですよ」
店の歌なのか、店内に流れたメロディとおなじものを歌って見せた彼女は楽しげに首を傾げた。「あ、私も靴下買ってもらおう」そう言いながらふらっとあらぬ方向へ向かっていった彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は品物で溢れかえった賑々しい店内を見渡した。揃いの服を着た店員は誰も明るく、照明も惜しげがない。
店の奥の方には寝具まで売っているらしく、柄物の靴下を一つ手にして戻ってきたAの妹は俺の手を引いてそちらへと向かった。彼女は売り場から謎の生き物を象った抱き枕を抱きかかえて、俺に見せる。
「見て見てスマイルさん、抱き枕」
「･･････ああ」
「私が使ってるやつ、最近穴が開いちゃったんですよね〜」
「へぇ･･････穴が」
「なんですかその顔」
「いや、よほど激しい寝相なのかと思って」
微笑んで答えた俺に、Aの妹はぐうと眉を寄せる。返事がないことを見るとあまり寝相が良くないというのは図星のようだ。殺そうと思ったはずの笑いが口の端から零れて、堪えようと思えば思うほどにそれは溢れていく。「ふっ、ふふふ」俯いて笑う俺に彼女は明らかに機嫌を悪くしたらしい。
「いや、いやいや。そこまで寝相わるくないですから！！」
そう言い残すと、彼女は会計をしてくると言って俺から離れていった。早足で遠ざかるその小さな背中を眺めながら、俺は頬の筋肉が痛くなっているのを感じている。
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作者名：やなぎ | 作成日時：2024年1月21日 12時
