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「あのースマイルさん、起きてますかー」
返事はない。昨日の今頃はもう起きだしていたはずだけど、疲れが出たのだろうか。もう一度ノックして、反応がなかったら諦めよう。そう思いながら「スマイルさーん」と再び呼びかける。扉の奥はしんとしていて、私はその木目の数を無意識に数えだす。二十まで数え終えた頃、それでも一切の反応が見られない扉の奥の人間に私はすっかり見切りをつけてキッチンに戻った。これがお兄ちゃん相手だったら、ノックもしないで部屋に入って布団を剥ぎ取ってでも叩き起こすけど、他人相手にそんなことは出来るわけがない。
もしもスマイルさんの洗濯物があるんだったら、一緒に回した方が楽だ。結局私は洗濯機を回せないままに朝食の支度をし始める。今日は鮭の切り身を焼く。グリルは掃除が面倒だと魚を食べることをやめていた私に、兄がいいものがあると言ってフライパンで魚が上手に焼けるようになるホイルを買ってきたのは二人暮らしになってから一年が経った頃だった。
以来私たちは魚を食べるときは絶対にそのホイルを使って調理するようになっていたけれど、お兄ちゃんが姿を消して半年、思い返してみれば私は魚料理をした試しがなかったかもしれない。適切なサイズに切ったホイルを熱したフライパンの上に敷いて、そこに魚の切り身を乗せる。火を調節して、蓋をしめながら両面にじっくり火を通していると、キッチンが魚臭くなってきて、そこで初めて換気扇を回していないことに気が付いた。
換気扇のスイッチを入れながら、キッチンに面した兄の部屋を見る。扉の向こうでごとりと音がした気がして、思わず振り向いた。
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作者名：やなぎ | 作成日時：2024年1月21日 12時
