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「う、うぐ、ぐぐ」
いらなくなった雑誌をまとめたものを踏み台にして、廊下の電球に手を伸ばす。確か先月あたりから切れていたのだ。廊下にいくつかある電球のうちの一つだから慣れてしまえば生活に支障はなかったけれど、やはり客観的に見たらだらしない。
壁に取り付けられた丸電球はもう数センチで届きそうだと言うのに、背伸びをしても表面を指先が掠めるだけだ。ムキになってつま先に力を入れたところで、ふくらはぎが吊りかけた。
こんなことになるんだったらあと二、三冊一緒に纏めておけばよかった。そう思っていたら、玄関の扉が開いた。
「ただいま」
「あっおかえりなさい。早かったですね」
「ああ。もう少し出ていた方がよかったか？」
「も〜そんなこと言ってないでしょ！？」
「ふふ。わるい」
つい苛々して口が滑ったが、私の軽率な言葉にも彼は穏やかに笑みを返すだけだ。口惜しいけど、大人だ。私は雑誌の束の上から彼の姿をまじまじと見つめる。窮屈そうなジャケットを脱いだ彼は、私の視線に気が付いて小さく首を傾けた。
「･･････届かないのか？」
「え！？ああ、これですか？いやもう少しで届きます、踏み台を足せば余裕です。それでも無理なら椅子を持って来れば･･････」
「もっと簡単な方法があるけど」
「はい？」
ジャケットを左腕にかけたまま、スマイルさんは困惑する私の横に立った。二人が立つと、それだけで狭く感じられるほどの幅しかない廊下だ。「失礼」と声をかけられたので慌てて踏み台から降りると、スマイルさんは片足だけをその雑誌の束にかけて、難なく電球を取り外してしまった。
「これでいいか？」
「･･････あ、ありがとうございます」
「ああ。困ったことがあれば何でも言ってくれ」
「う、はい」
それじゃあ上着を片付けてくる。そう言い残して兄の部屋の方へ向かっていった同居人の後ろ姿を見送って、私は廊下に頽れる。あんなのずるい。ちょっとかっこよかった。私はどきどきする心臓を抑えながら、新しい電球をついでに付け替えてもらえばよかったということに気が付いて頭を抱えた。
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作者名：やなぎ | 作成日時：2024年1月21日 12時
