検索窓
今日:20 hit、昨日:6 hit、合計:9,912 hit

ページ13

簡単に出来るものと言ったら目玉焼きくらいか。かろうじて残っていた卵で目玉焼きを焼いて、先日何となく買っておいたカット野菜を添える。これで冷蔵庫の中はほとんど空になってしまったから、買い物に行かないといけなくなった。彼が今晩も泊まっていくならの話だけれど。



ダイニングテーブルについた彼は今日も一切のコメントがないままに食事を摂る。お兄ちゃんだったら褒めてくれた目玉焼きの半熟加減も、彼は反応を見せない。つまらない。もっと、なんかこう、あるだろうとおもわないでもない。反応が欲しくて「お口に合いますか」と尋ねてしまいそうになるが、なんだかそれはそれで負けた気持ちになる。



相変わらず丁寧な箸使いで彼は今日も綺麗に平らげると、「ごちそうさまでした」と礼儀正しく頭を下げた。食器はそのままで、と手だけで制すると、スマイルさんは昨晩と同じように席を立とうとするので、私は食べてたものを呑み込んで「待ってください」と何とか口にする。



「きょ、今日のご予定は」



帰る予定はあるのか、そう尋ねられないが故の遠回しな質問に、「そうだな」と彼は思案する。その表情を見て私は察してしまった。これは数日、いや、それどころかひょっとしたら彼は当分帰らないのかもしれない。「どうか邪険に扱ったりしないでほしい」という兄の書いた一文が頭を掠める。そのあとに続いた、自分の部屋にあるものを使わせろ、という文面も、彼がこの家に居つくことを示唆していたのではないか。お兄ちゃん、何てことをしてくれたんだ。



「散歩にでも行ってくる」



着いてきてほしそうな様子が一切なかったので、私はこれ幸いとばかりに「それがいいと思います」と数十分後に彼を家から追い出した。兄が去年着ていた上着はどう見ても窮屈そうだったけれど、仕方ない。彼のいなくなったマンションはいつもの静寂さを取り戻して、私は長く深い息を吐く。当分彼が帰ってこないことを願いながら、私は共有スペースの掃除に取り掛かった。我ながら尋常ではない集中力だった。そうでもしてなければ、この不本意な現実に耐えられそうになかったのだ。

・→←・



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (70 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
77人がお気に入り
設定タグ:wt , 実況者 , sm
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:やなぎ | 作成日時:2024年1月21日 12時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。