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いつの間にかテレビの電源は消えていた。
俺と翠は落ち着いてから、ベッドの縁に座った。
俺は翠をこちらに向かせ、頬の手当に勤しむ。
「……将暉君」
「ん?」
「………私ね、本当は逃げたかった」
翠は下を向いたまま、ポツポツと語り始める。
俺は静かにそれを聞いていた。
「……舞台、初めてだったから。
いざ観客の前に立ったら、怖くて…足が震えて、逃げたくなった。
セットが倒れてきた時、怖くて動けなかったのもあったんだけど……これで逃げられるんじゃないかって、思ったの」
「………逃げられたん?」
翠は静かに首を横に振った。
「逃げられなかった。
どこ行っても、何してても、私の名前を出す人がいて、私の事を何も知らない癖に語り出す人がいて。
………結局は、逃げられなかった」
「…そっか」
湿布を貼り終えた頬を優しく撫でる。
「……ごめんな、強く叩いて…」
「ううん………こっちこそ、ごめんなさい」
その後、暫くの沈黙が続いた。
「……でも、良かった。
翠が生きてて」
翠は何も答えなかった。
だけど、静かに少しだけ口角をあげたように思えた。
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作者名:hoshina
作成日時:2019年10月7日 19時