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通されたのは店の奥だった。
そこにあったドアを開くと、少し進んだ先にもう1枚ドアかある。
更にそのドアを開くと、靴を脱ぐ場所があった。
姉は俺を残して先に家にあがり、家にいるという母に何かを話に行った。
暫くすると姉が戻ってきて、居間に案内された。
「どうぞ」
「…ありがとう、ございます」
お茶が出され、母と姉と向かい合って座る。
「娘の事、可愛がってくれてありがとうございます」
「いえ…」
「あの子も言っていましたが、菅田さんに出会えて本当に良かったと思っています。
本当にありがとう」
俺は何も言えずに下を向いた。
「……娘が目を覚ました時、1番初めに口にしたのが貴方の名前でした」
「…え」
「酸素マスク越しに、小さな声で、「将暉君は?将暉君は、大丈夫だった?」って」
翠の笑顔を思い出す。
翠は、「将暉君といると楽しい」と笑ってくれた。
同じ舞台に立つと決まったその日も、わざわざ電話を掛けてきて、飛び跳ねるような勢いで喜んでいた。
「……同じ舞台に立っていたのに、すぐ近くにいたのに、翠を…助けてあげられなくてすいませんでした。
その結果、こんな事になってしまって…」
母は首を横に振った。
「菅田さん、貴方が無事で本当に良かった。
あの子は芸能界が大好きでした。……だけど、これで良かったのかもしれません」
「………」
「あの子は昔から人の前に立つことが苦手でした。
誰かの期待を背負う事が酷く苦しく感じるのだと言っていましたから」
人気女優、一ノ瀬翠。
確かに翠はたった数年で人々の期待を背負いすぎた。
「……今日は帰りが遅くなるそうですから、もし明日お時間がありましたら…翠とお話してあげてください」
長野への滞在は今日を入れて4日間。
「わかりました。
…わざわざ、すいませんでした」
母は微笑む。
「いえいえ。
こちらこそありがとうございます」
母の笑みには、何処となく翠と似ているところがあった。
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作者名:hoshina
作成日時:2019年10月7日 19時