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「お待たせ」
「! ゆきむらさん!」
目を話せずに居た数秒間を救ってくれたのは『お見送り指名』をしたゆきむらさんだ。少し慌てた私を見て目線をさっき私が見ていた方に動かす。
「あぁ、何。ばうさん所?」
「あ、いえいえ。ちょっと他の席を眺めてただけで」
「ふーん、あっそ」
相変わらず返事は素っ気ないな。興味がないからなのかもしれないけれど。この言葉が少ない感じ。無理に会話を引っ張り出してこなくてもいいみたいな安心感がいい。
「なんか……、さっきあったばっかなのに。不思議な感じ」
「え、そ、そうですね」
「他の奴らの名前とか覚えてなかったからとりあえずで選んだ感じ?」
「え」
とりあえずで。なんて選んだわけじゃないのに。寧ろ、選ぶのに悩んだくらいだ。全員本当に私の心を意図も簡単に救ってくれて、本当は、よくばりだけれど全員を指名したいと思うほど選ぶのが困難だった。
その中でもゆきむらさんが良くて選んだというのに、それが、あまり彼には伝わっていない。
「たまたま最後だったからでしょ、選んだの」
「そんなこと、ありませんっ。本当に、ゆきむらさんの言葉に救われて、……またお話したいって思いました」
「! ……ふーん、あっそ」
届いた……? ちゃんと届いたのだろうか? ぶっきらぼうな返事にどう捉えられてしまったのかはきっとゆきむらさん本人にしか分からない。でも、スっと、目の前に手が差し出される。
「来いよ。出口まで案内するから」
「……はいっ」
暗い照明だからハッキリとは分からなかったが、少し耳が赤くなっているのを見てちゃんと伝わったんだと確信する。良かった。誤解されたままだと気まずいからね。
ゆきむらさんの手を取ってちゅちゅくんに案内されてきた場所を逆戻り。
もう、終わってしまうんだ。
色濃い一夜が終わりを告げる。
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「あの、今日はありがとうございました!」
「べつに。ゆきむら。だけがもてなしたわけじゃないし、仕事でやってるだけ」
「そ、そうなんでしょうけど……っ。……でも、本当に。ココ最近で一番大切な時間が過ごせた気がします」
握った手にギュッと力を込める。ここを出てしまったらすぐに現実が押し寄せてくる。夢のように一瞬で、名残惜しいと言うのに二度寝が出来ないこの場所は残酷だ。
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作者名:Stellar | 作成日時:2022年10月23日 12時