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「……、」
「あの、お姉さん。……大丈夫ですか?」
名前は呼ばれていないものの、ハッキリと私に向けられた声。落ちてきた爽やかな声の方へと顔をあげれば、他人の私を心配するような顔で落ち着かせるように微笑む美青年が居た。
水色に染まった髪にきゅるんと大きな紫色の瞳。令和に人気のわんこ系のジャンルに分類されるであろうカレとの出会いで私の未来が大きく変わることになるなんて、この時の私はまだ、何も知らない。
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「あ。急にごめんね? 下向いて歩いてるから何か嫌なことでもあったのかなって。心配しちゃって声掛けたんだけど……。もしかして僕のお節介、だったかな?」
しゅん、と目の前にいるカレに犬の耳が付いていたらきっと下に下がってしまっていたのだろう。それくらい分かりやすく悲しいを表現するカレから警戒心が溶ける。表情からも声からも言葉通りの『心配』が伝わってきたからだと思う。
人から声をかけられてしまうほど今の自分は分かりやすく絶望しているのか。とても滑稽だが、こうして心配してくれる人もいる事に安心して泣いてしまう。
おかしいな、あれだけ酷いものを見た後だからなのか、心が限界だったからなのか繋ぎ止めていた我慢が壊れてしまった。
「! ……っ、少しだけ向こうで休憩しよ? きっといっぱい疲れちゃったんだよ」
「っ……」
この人は何も知らない。
何も知らないのに、こんなに人に優しくできる人を私は知らなかった。
身長は私の方が低いけれど、多分数字で見たらほとんど変わらないくらい。でも私の腕を握って人混みから離れていくように連れ出すこの手は白くて、ゴツゴツしてて、男の子の手だ。
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「大丈夫……?」
「ご、めんなさ、私」
「さっきね、そこの自販機でお水買ったから、良かったらどーぞ」
「あ、ありがとう、ございます……」
飲みきりサイズの新品のペットボトル。『天然水』と書かれたそれは良く冷えていて、飲まずに目元を冷やす。
明日、目、腫れてないといいんだけど。
折角の休み。いつも通りだったのなら昼まで寝て、お昼ご飯からスタートする一日を過ごしてた。ダラダラと何もせずただのんびり過ごすだけの日に彼氏と……。
それももう無理そうだ。
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作者名:Stellar | 作成日時:2022年10月23日 12時