【23】 ページ27
『__ちゃん、__くん。お父さんのこと、好き?』
好きだった。
優しくてご飯を作るのが上手な母も、おおらかで優しい、真面目な父も。
だからあの時も「好きだ」と言ったのだ。
弟と二人で。
もう数日帰ってきていない父がどこに行ったのかもずっと気になっていた。
『そっか』
でも、母はその返答に満足しなかったらしい。
ばちん、と大きな音を立てて私の頬が殴られた。
初めて母親に殴られたのはその日だった。
幼心に、間違った答えをしてしまったのだと理解できた。
『よく聞いてね。お父さんはね、私たちを裏切ったの』
『裏切った?』
『そう。お父さんはね、今他の女と一緒にいるのよ』
言っている意味自体はよくわからなかったけれど、何かしてはいけないことを父がしたことは分かった。
私たちを見る母親の目が怖かったのだ。
真っすぐ私たちを見つめているような顔をしていたけれど、その瞳の奥では、私たちが生まれた時から持っている混ざった父親の血液ごと憎んでいるような色をしていて。
『汚らしい』
母はそう吐き捨てた。
『でも大丈夫。お母さんは、二人のことを一番愛しているからね。これから3人で幸せになろうね』
呪い。
呪いだった。
血のつながった母親からの心からの呪詛。
母より幸せになってはいけない。
幸せそうな顔をしてはいけない。
私はうまく、泳げていると思っていた。
母が喜ぶように生きて、癇癪を起せば耐え忍ぶ。
母が愛していると返してくれるなら「愛している」と言葉を返した。
なんでも母を優先した。
でもきっと、私は最初から泳げてなんていなかったのだ。
「…、」
声が聞こえる。
視界がぼやけてうまく見ることができないが、それはよく知った声だった。
「三ツ谷くん」
きっと幻覚。
こんな時まで情けない。
守ってもらう必要なんてないと線引きして、言い切って、無理やり突き放したのは自分なのに。
「、三ツ谷くん」
宝物みたいな名前だった。
魔法使いみたいな人だった。
ポケットから零れ落ちたのであろう携帯電話は無防備に液晶を晒していた。
もうすでに握力もないというのに、覚えた番号をひとつひとつ押していく。
何度かかけようか迷った。
迷ううちに番号なんて覚えてしまって、でもそれを本人に伝える勇気は無くて。
着信ボタンをぐ、と打てば、数コールの後に電話は繋がった。
「ね、三ツ谷くん」
喉から絞り出すように音が零れ落ちる。
「お願い。助けて」
それは、ずっと言え無かった言葉だった。
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花蘭(プロフ) - 全然読みにくくなんてなかったです。言葉1つ1つがより作品に引き込ませてくれて、とても感動しました。素敵な作品をありがとうございました!! (2021年8月31日 17時) (レス) id: 7a9bcca966 (このIDを非表示/違反報告)
やま - 最高でした。素敵な作品をありがとうございます。 (2021年8月30日 21時) (レス) id: 8661ddee6b (このIDを非表示/違反報告)
あおちゃん(プロフ) - 素敵な作品をありがとうございます (2021年8月29日 17時) (レス) id: 5ff916f516 (このIDを非表示/違反報告)
優菜(プロフ) - とりま泣きました。ありがとうございます (2021年8月29日 5時) (レス) id: f74092ff06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:晴海 | 作成日時:2021年8月26日 16時