2〈魔女雨の日常〉 ページ17
左側に視線を移せば、異形が隙間なく観客席を埋めている。また上空を飛びながら私を鑑賞しているヒトたちもいた。
マイクの電源を入れて、司会席にいるブラック様に目を配る。準備ができたと察していただけたのか、彼は曲を流し始めた。
穏やかなピアノと、ヴァイオリンの音楽が流れる。約十秒後にギターの激しい曲に変わっていった。
さぁ、声を出そう。
激しくなり続ける音楽に、しっかりと合わせたメロディーを付けていく。難しかった日本語も、ちゃんとリズムに合わせて連ねた。
誰がどう聞いても、上手く歌えている。そんな自信を抱きながら、清々しく、満足した気持ちで、私は歌いきった。
ギターの音が止み、再びピアノとヴァイオリンの音で、曲が終わっていく。しっかりと、鼓膜を揺さぶる音楽がなくなるまで、私は観客を見つめていた。
「……………」
ーーー沈黙が、流れてしまった。
拍手も、歓声もない。ただ皆からの冷たい視線と、ヒソヒソと漏れ出る笑い声だけが、私の鼓膜に響いた。
あり得ないと思った、単純に。こんなことになるなんて、どう考えても可笑しいから。だって、私の歌は完璧だったから。先程までの魔物共の歌で拍手を貰えるなら、私の歌は、いっそ涙すら攫っていける自信があったから。
故に、この現状はあり得ないのだ。だから私は、観客の皆に向かって笑ってあげた。揶揄するように、小さく、口角を上げて。
「……とても素晴らしい歌でしたね!」
不意に、ブラック様からそんな声が聞こえた。
「あまりの凄さに、体が動きませんでした。とても良かったですよ、雨!」
「じいーー!!」
「………」
嗚呼、やはり、ブラック様は解ってくださるのですね。安心しました。
だが、これはチャンスだ。退屈しきった日々を打ち壊す、ブラック様にもっと私を見てくれる、絶好の機会だ。
「ありがとうございました!では次の方……」
私は笑顔を堪え、寂しそうな表情を浮かべたまま、舞台裏へと退場していった。
帰り道は、基本的に何も話さなかった。私が、話しかけるのを我慢していたのだ。
帰宅したあとも、下を向いて無口になる。高鳴る鼓動を、興奮を抑えて、彼に話しかけられるのを待つ。そんな時間が少々続いた。
「……」
そして遂に、声をかけられた。
「大丈夫ですよ。とても良い歌でしたから」
「………」
「人間と魔界の方々では、感性が違うんです。人の前で歌っていたならば、きっと上手な歌だと言われていたはずです」
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作者名:U-ray | 作者ホームページ:http://Kegaretakoinitumonakiaiwo0
作成日時:2024年3月25日 23時