第1話 ページ2
『ご購入ありがとうご、ざ……います』
目の前に佇む男に身体が凍り付く。
口角が引くつき、営業スマイルが崩れるがそんなことは最早問題ではない。
それほどに今のこの状況は異質なのだ。
「あの、握手してもらってもいいっすか?」
俺は自分の目を疑った。
ここ数日の鬼のような販売で幻覚でも見ているのか?
いや、手に伝わる温もりと感触は間違いなく現実だと訴えている。
「あと、ここにサインお願いしたいんすけど。……それから山田一郎って名前入れてもらえると有難いっす」
『え?……あ、ああ。はい、勿論……良いですよ』
「よっしゃ!!」
ガッツポーズを恥ずかしげもなく披露するこの男は本当にあの山田一郎だろうか?
にわかには信じがたい目の前の光景に目を白黒させずにはいられない。
_____山田一郎。
その名を知らぬ者はいないだろうと言い切れるほどイケブクロでは有名な人物。
伝説のチーム、元The Dirty Dawgのメンバーにして現イケブクロディビジョン代表、Busters Bros!!!のリーダーだ。
『山田、一郎……さん、っと』
でもまさかあの噂が本当だったとは......。
“山田一郎は超が付くオタク”。
俺が高校生の頃に風の便りで小耳にはさんだ信憑性の乏しい噂。
だが今、この瞬間その噂は実証されてしまった訳だ。
否定しようがない、これは揺るがない事実なんだと。
いや、今はそんなことどうだっていい。
『……こちらで良いですか?』
「はい!あざっす!」
もう一度言う。
白い歯を覗かせ笑うこの男は本当の本当にあの山田一郎だろうか?
そう錯覚してしまうほどに数年ぶりに見た山田一郎は、俺の知っている人物とは程遠いものだった。
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