始まりはいつも些事である。 ページ1
例えるなら、水槽に閉じ込められた人魚。
水に揺蕩うようにふわりとウェーブした髪。
雑音の中でもよく通る声。
例えるなら、真珠の耳飾りの少女。
厚くて啄みがいのありそうな唇。
小動物のような真ん丸の瞳。
例えるなら、聖母マリア。
その分け隔てなく与えられる慈愛の笑み。
そして、決して美しいとは言えないが、可能性を秘めた原石のような、整えがいのある手。
まさかこの吉良吉影が、生身の女そのものに心を奪われる日が来ようとは。
ただのスタッフ同士。
立場で言うならば上司とアルバイト。
もっと言うならば、彼女は私が同じカメユーで働いている事を知らないだろうから、店員と客程度でしかない。
休日に必要な物を買いに来て、たまたまレジ担当が彼女だっただけ。
レシートを受け取る時に、少し手が触れただけで気になり始めるなんて、子供じゃあるまいに。
自嘲気味にため息をついても、彼女の手だけではなく全てが欲しいと思う気持ちは変わらない。
切り取ってしまえば、その輝きは一時のものでしかなくなってしまう。
かと言って連れ去るなんて大それた事も、生きた彼女とそのまま付き合う術も知らない。
つまり、わたしは今日も彼女が担当するレジに並んでは、触れるか触れないかという距離の手を、その指先を、堪能する他ないのだ。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「……ありがとう」
いつもの笑顔が眩しくて、早々に店を立ち去る。
手も足も出ない状況に、無意識に爪を噛んだ。
既に以前の彼女と手を切ってしまった今、彼女不足で気がどうにかなってしまいそうだった。
行き場の無いこの想いが、時折黒く渦巻いて胸を圧迫する。
この心を癒し、昇華させてくれるのは彼女しかいないのだ。
わたしはいても立ってもいられずに彼女を尾行した。
どこに帰るのか、家で何をしているのか、何が好きなのか。
自分の知らない彼女がそこにいるというのなら、誰が私の知らない彼女を知っているというのか。
気になりだしたら止まらない。
彼女はそんなに背が高くないから、人混みの中に入ってしまえばすぐに見失ってしまう。
……もどかしい。
いつものように切り取ってしまえたなら、いつでも傍にいられるのに。
当然そんな事をすれば永遠に彼女は手に入らなくなってしまう訳だが。
モタモタしていれば、知らない内に、わたしの知らない誰かに彼女は好かれてしまうかもしれない。
そんな事を考えただけで、気が狂いそうになった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 44人がお気に入り
お気に入り作者に追加
「オリジナル」関連の作品
この作品を含むプレイリスト ( リスト作成 )
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
アーディ(プロフ) - 餡さん» コメントありがとうございます！本当はもっと短く纏めるつもりだったので、間に合うか間に合わないかの瀬戸際でヒヤヒヤしながら書いておりました。吉良さんの魅力が伝わっているなら何よりです。最高の褒め言葉ありがとうございます！読破お疲れ様でした！ (1月31日 13時) (
レス) @page42 id: 0218ed2c56 (このIDを非表示/違反報告)
餡(プロフ) - 完結おめでとうございます。まさか吉良さんの誕生日に合わせて執筆されていただなんて…！細密な描写が色んな視点で描かれていて、とても面白かったです。本当に吉良吉影という人物の魅力がたくさん詰まった作品だと思います。素敵な物語をありがとうございました…！ (1月31日 8時) (レス) @page42 id: 493b9f8f47 (このIDを非表示/違反報告)
アーディ(プロフ) - ゆーりさん» くそっ……じれってーな。俺ちょっと2人を進展させてきます……！(コメントありがとうございます！作者的にももどかしいです！！！) (1月26日 22時) (レス) id: 0218ed2c56 (このIDを非表示/違反報告)
ゆーり(プロフ) - あー！！！もどかしい！ドキドキしますね…！！！ (1月26日 16時) (レス) @page32 id: bb43593a3a (このIDを非表示/違反報告)
アーディ(プロフ) - のんさん» ありがとうございます、先はまだちょっと悩んでますが、更新頑張りますね！ (1月11日 21時) (レス) @page9 id: 0218ed2c56 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：奇妙な前髪 | 作成日時：2024年1月8日 23時
