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あの日の事は一生忘れないだろう。
茹だるような炎天下で、
自転車に乗った君はポニーテールを揺らしてた。
坂道を下るなか、制服のスカートは風に揺れた。
人間が死ぬ最後の時期まで残るのが聴覚ならば、
きっと最後までその声を忘れたりなんてしない。
まだ幼かった事を言い訳にして、遠い未来に期待した。
叶うはずのない約束を守ろうとした。
いつかどうせ忘れてしまうとしても、忘れることなんてないと馬鹿みたいに信じてた。
遠くで蜃気楼は笑う。
『北斗！』
駆け足で寄ってくるAの前髪が汗でおでこにくっついていた。
夏なのに日焼け知らずで、その白い肌が眩しかった。
「前髪くっついてる」
『え！？うわ〜恥ずかしい』
「ふふ、夏だからしょうがない」
前髪をはらってあげれば照れるように笑う。
隙間から見える瞳はくりくりして、確かにクラスでもモテるよなと納得する顔立ちだった。
『テスト返ってきた？』
「4教科分返ってきた」
『英語は？』
「まだ」
『私のクラスもまだ英語返ってきてないからさ、
勝負しない？』
挑戦的な表情をされるから、きっと自信でもあるんだろう。
「いいけど、罰ゲームは？」
『そうだな〜』
コロコロと表情を変えるから、Aを見てて飽きなかった。
ゆらゆら揺れるスカートは幼気な少女の象徴だ。
『…来週のお祭りで何か買って？』
地元では毎年、テストが終わってから大体2週間後、
神社の境内で小さなお祭りが行われている。
幼馴染で近所に住んでいたから、物心がつく前から毎年一緒に行っていた。
今年も、当たり前のように一緒に行く予定なんだ。
そう思うと、まだ名前をつけてない感情が熱くなり、
なんとなく胸の辺りが苦しくなる。
柔軟剤なのか、シャンプーなのか、吹き抜ける風に煽られて柑橘系のような甘い香りが鼻をくすぐる。
より一層、苦しくなる。
「…なんで既に俺が負けてる前提なんだよ」
『だって私北斗に負ける気がしないもん』
「そういって前回も2教科悲惨じゃなかった？」
いじわるを言えば、拗ねたみたいな顔をする。
それが綻んで笑顔に変わる瞬間は、朝露を待ち侘びて咲く花のようだった。
小さい頃に握ってた左手はいまやもう繋ぐことはない。
白く、柔らかく、きっと今繋いでは壊してしまう。
あの日の事は一生忘れないだろう。
否、忘れたくなんてなかった。
遠くで蜃気楼が吠える。
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作者名：甘さ控えめ太郎
| 作者ホームページ：http://ma-no homepage
作成日時：2023年7月15日 10時
