第拾肆幕 彼女の混乱 ページ15
瑠奈side
噛む。噛む。噛む。噛む。ゆっくりと口を動かす。喉を通って胃に落ちる。味はしない。いつもしない。
美味しい、だとか、不味い、だとか。甘い物以外わからないボクには、どうにもそれが難しくて。地面の砂も、草も、丹精込めて作られた料理も、全部同じ味。
かわいそうに、と誰かが言った。それはすぐに広まって、ボクは可哀想な子になった。そんなこと、ないのに。
愛しい家族が居て、優しい人達に囲まれて、そんなボクの、何処が可哀想だと言うんだろう？
「可哀想なのは、人の幸せを信じられない君達だ」
善意の真綿で、ボクの首を絞めないでくれ。
やっとのことでおにぎりを食べきって、お盆とお皿を返しにキャラバンを降りる。木野は、他のマネージャーたちと調理場でおしゃべりをしていた。
「木野」
「篠宮さん、どうしたの？」
「おにぎり、ありがとう。おいしかったよ」
にこり。ボクが笑えば、木野もにこり。皿を渡して、ゴミを捨てて。夏未嬢と音無にも会釈してから、部屋を出た。
“おいしかった”だなんて。嘘をつくのも、上手くなった。なんて、ちっとも嬉しくないけれど。
さて、どうしようか。このまま、キャラバンに戻って眠るべきか。それとも、自主練習くらいするべきか。
「……とりあえず、今日は寝よう」
記憶を整理するのには、眠るのが一番だ。寝て起きたら、少しでもスッキリしていることを願おう。
「……篠宮、もう起きていいのか？」
「鬼道？ ああ、心配かけたね、もう大丈夫だよ」
これからまた眠るところだけど。そう続けようとしけれど、その先は鬼道の言葉に遮られてしまった。
「……お前の中の女に、用がある」
「なっ、んで……知って……」
「話したからな。おい、どうせ聞いているんだろう？」
どく、どく、心臓が早鐘を打つ。がんがんと頭が痛む。スポットを、奪われそうになっているんだ。なら、鬼道の言っていることは本当で、いつの間にか誰かが彼と接触していた。
いつだ。いつ、誰が、鬼道と。
奪おうとしているのは、二人。紫の彼女と、紅の彼女。記憶を失った時と、記憶を取り戻したとき、一緒に居た二人だ。二人共が鬼道と接触していたのかもしれないし、どちらか片方だけかもしれない。
今、選ばなければいけない。どちらが会ったのか、当てなければいけない。
“俺にしろ”、“私にして”と、どちらも叫んで、頭が割れそうだ。
「篠宮！」
最後に映ったのは、一面の白。
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作者名：海道 凛 | 作成日時：2018年11月3日 19時
