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微温湯の様な朝が来た。
Aはいつも通り、朝日と同じほどに目を醒まして、すっかり元通りに過ごしやすい適切な温度管理を成された空調に感謝しつつ、シーツを取り除けてベッドから下りた。
袖から覗く手首をAは、ふとして見詰る。
朝晩一度ずつ注射を打つ。起床時と、就寝前。
大丈夫、憶えている。
Aは眠っている時に上がった体温が、シーツに残されて冷え行くのを感じながら、首に掛けた鍵をチェーンから外して、引き出しの錠を開け、昨日貰い受けたばかりの小箱を取り出した。
(ンー……こんな感じ、ッてドクターが言ってた気がする)
何事も初手と言うのは恐れるものだ。
Aもそれに違いなく、ぎこちない動きで注射器を用意した。くられ先生に言われた手順を頭の中で復唱しながら。
一度目を閉じ息を吸い、吐く。
(よし)
決めたらさっさとやるのが吉である。
Aは思い切って、人生初めて自らの体に自身の手で注射針を入れた。
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編んだ髪が、歩く動きに合わせてゆらゆら揺れる。
城塞内は隅々まで適切な空調管理がされているとはいえ、野外の訓練場に面する半開放的な廊下の方は、この時季らしい風が吹き込んでいた。
Aは羽織ったジャケットの襟元をぐッ、と自らの身体に引き寄せ、少し足早になりながら廊下を歩いた。
寒さが嫌いな訳では無い。寧ろ四季を感じられる風は彼女の好む所だ。
だが、だからといって、身体を凍り付かせんとする程の寒さの盛りの冬の風に必要以上に当って、風邪をひく様な莫迦は、余程で無い限り流石にAはしない。
「Aさん!」
寒さの中にも快活な声に、Aは前方の人影を見遣る。足を一瞬止めたが、その人影が自らの方に小走りに来るのを見て、再び早足に歩を進めた。
「フローラ、どうかした?」
「いえ、見えられたので。あの、之、トントンさんからだそうです」
華やぐように笑ってから、フローラはAにクリップで閉じられた書類を渡した。
Aは受け取って文字を流し目に見ながら、フローラの言い回しに少し首を傾げた。
「ちょ、フローラちゃん、置いて行かんといて?」
「あっ、御免なさい、大先生」
前方からもう一つの人影が来て、そう言う。
その時、
(嗚呼、成程、大先生からね)
とAは静かに納得した。
彼からとなると、本当に
その様な野暮な事はAは言わないが。
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遥彼方 - saeniさん» 有難うございます!すぐに行きます。質問の方ですが、チャット行為に当たってもまずいのでHPを作りました。お手数おかけしますが、此方でお待ちしております。https://uranai.nosv.org/u.php/hp/qanda/ (2022年3月20日 18時) (レス) id: db6f42df22 (このIDを非表示/違反報告)
saeni(プロフ) - 返信ありがとうございます。簡単にではございますが、ひとつ作品を執筆致しました。普段はd!等でなくオリジナルを執筆しておりますので、キャラに違いがあったら申し訳ありません…!!遥彼方様はどのようにして言葉や医療系の語を学ばれたのですか?教えて頂きたいです。 (2022年3月20日 4時) (レス) id: 5899b2fc5f (このIDを非表示/違反報告)
遥彼方 - saeniさん» コメント有難うございます。お褒め頂き大変光栄でございます。私も勉強中でして、貴方様の作品も宜しければ是非拝読したいです。小説の事ですが、未熟の身でお話しできることもそうありませんでしょうが、どうぞ気軽にお聞きください。 (2022年3月20日 2時) (レス) id: db6f42df22 (このIDを非表示/違反報告)
saeni(プロフ) - 初めまして。コメント失礼致します。遥彼方様の小説本当に好きです。自分も文字を書く身なのですが、遥彼方様のような素敵な文章を書かれる方に出会えて幸せです。これからも応援しております。もし宜しければ小説について色々お話お聞きしたいです。 (2022年3月9日 9時) (レス) id: 9e65708fc2 (このIDを非表示/違反報告)
遥彼方 - らいはいさん» コメント有難うございます、返信遅れて申し訳ありません。貴重なご意見を誠に有難う御座います。余り言葉を固くしたつもりはありませんでしたが、内容の事は特に私も力不足を感じている次第です。今後の執筆の参考にさせて戴きます、お教え下さり有難う御座いました (2020年2月21日 1時) (レス) id: b1e6400f22 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:遥彼方 | 作成日時:2019年10月15日 2時