うつつのはなし、[短編]01 (ページ10)

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scene.∞-1 / mrym② ページ10

タンタンタンッ―…近づく軽快な足音。

沈んでいた意識が引き戻されて、反射的に視線を上げる。

「おっ、先客や」

「…盛山さん」

屋上へ繋がる階段の踊り場、鍵が壊れて外へは立ち入れないその場所へ訪れる人はいない。―…彼を除いて。

「膝抱えて反省会か？」

「わかってるなら、一人にしてよ」

「ふはっ、いつにも増してトゲトゲしとんなぁ」

カラカラと笑いながら、彼は隣を通りすぎて階段を登りきり屋上へ繋がる壊れたドアへ手を伸ばす。

右・左と回す動作を数度繰り返してガシャンと音が鳴った。

「おっしゃ！今日は一発で開いたで！」

「この前は、開かないまま休憩終わってた気がするけど」

「それは言わんでええやん！」

嬉しそうに報告してみたり、閥が悪そうに拗ねる姿は子供みたい。

開いたドアから、流れ込む少し冷たい風が頬を撫でる。

「寒いか？これ着とき」

羽織らされたのは派手な刺繍の入ったスタジャン。ほのかに煙草の匂いが香る。

「凹んでる時は、外の空気吸った方がスッキリするで」

「煙草吸いたいだけの癖に」

図星を突かれて、笑っていた口角がわずかに引き吊っている。

もちろん、彼が気遣ってくれてる言葉に嘘がないことはわかっているけれど。

「うっ、ここじゃなくて外出て吸うてくるから、ええやろ？」

「立ち入り禁止エリアにいる時点で、わたしが止める権利ないよ」

「でも、煙たいのは嫌やろ」

「今更じゃない」

羽織っていたスタジャンを胸に抱き締めて、スゥッと息を吸う。

「おまっ、なにして」

「移り香いつも貰ってるもん」

この香りが落ち着くようになったのは、誰かさんが纏ったまま隣に居るせい。

「…A、おまえなぁ」

「間違ってないでしょ？」

「せやねんけど…なぁ、あんま可愛いことせんとってや」

「今のどこに可愛い要素があるの。盛山さんばかなの？」

言葉とは裏腹にジワジワと耳を赤らめて照れる彼に対して、意地悪な言葉を投げ掛けてしまう。

好きな人と一緒にいるだけで、モヤモヤしてた気持ちが薄れていく―…もれなくわたしも単純ばか、なのかも。

「やっぱり可愛いないわぁ」

「そう言ってるじゃ、えっ」

「ホンマに天の邪鬼やな、俺の彼女は」

グイと強く腕を引かれたかと思うと、広い彼の胸の中へと抱き込まれていた。