short stories

眠り姫 (28) ページ44

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伊野尾は目を逸らさない。薮＝エースは何も言わず、かといって愛する伊野尾から目を離すことが出来ずにいる。伊野尾はその反応の鈍さに苛立って表情を険しくした。つかつかと薮＝エースの座っている横に歩いていき、
「そうなんでしょう？」
と詰め寄った。
「…違い、ます…私はエースです」
「薮！」
「私は薮宏太ではありません」
その合成された声が元々のよく響く深みのある声とは正反対の機械的で平坦な甲高い声だったから、こんな状況であるにもかかわらず高木は笑い出しそうになった。
「どうして嘘をつくの？」
そう言って伊野尾は薮＝エースの肩を掴む。
「僕がわからないと思う？」
「私は薮宏太ではありません」
それしか言わない薮＝エースを、悲しげな瞳で見つめたまま伊野尾は黙り込んでしまった。泣くのかと思えばそうではなく、ただ黙って薮＝エースを見つめている。
そして小さく首を横に振ると、何も言わずにふらふらと歩いていき、今度はお手伝いアンドロイドの手を借りることを拒まずに、肩を借りながら自分の部屋に入っていってしまった。薮＝エースも高木をも振り返ることはしなかった。

伊野尾の部屋から出てきたお手伝いアンドロイドは、伊野尾がベッドにもぐりこんでしまったと言った。それを聞いた薮＝エースは無言のまま立ち上がり出て行こうとする。それを追いかけていった高木は、ドアから外へ出たところで薮＝エースを引き止めた。幾らなんでもこのまま室内で喋るわけにはいかなかった。
「嵌めたな、高木」
表情のない顔と抑揚のない声色でも薮＝エースが怒っているのは明らかだった。
「2度と会うつもりはなかった」
「伊野尾くんはサイボーグでも構わないと言っていただろう？何故それを受け入れてやらないんだ」
「俺はもう薮宏太じゃない。脳みそ以外の全てをコンピュータ制御された作り物のサイボーグ、シャトル・パイロットのエースだよ」
伊野尾は作り物であることが紛い物ということではないと言った。その言葉は薮に届かなかったのか。
「来週、第3次の探検隊が出発する。俺はもうメンバーに入っているから、最終の健康診断に合格すればパイロットとして乗務することになる。まあ、サイボーグに健康診断も何もないけどな」
あまり抑揚のない音声で笑うのは、悲しみさえ感じさせると高木は思った。




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