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エピソード3 ページ4

「二度とこんな真似はするな!いいな!?」

叩いた勢いで、握られていた小型ナイフは綺麗な弧を描き、昨夜の大雨で勢いを増した用水路へ吸い込まれるように落ちていった。
せっかくくすねたナイフだったのに…と、空になった右手は宙を掴む。

青白い顔で怒鳴ったライナーは血だらけの細い手首を上へ上げ止血し、自身の鞄から消毒液とガーゼ、包帯を取り出す。
訓練の時とは違い手際が良いな…とルーは他人事の様にその様を見ていた。
ライナーが今必死で手当てしている手首の持ち主は、傍観しているルー本人のものである。

傷口から流れ出た血が冷たい外気に晒され、爽快感を感じる。
この爽快感を求めて繰り返される自傷行為が、ルーにとって"生きている"と実感できる唯一の時間であった。

マーレの戦士を目指す幼い男女が日々厳しい訓練を行うマーレ軍本部の兵舎裏で、空が茜色に染まりかけようとする時間帯、二人はそこにいた。
この時間帯はほとんどの戦士候補生が、家族が待つレベリオのエルディア人収容区に帰宅している事だろう。

「今日が初めてってわけじゃなさそうだな…。毎日、帰る前にこんな事してたのか?ルー」

包帯を巻きながら、やっと顔色が正常を取り戻したライナーがボーっと空を眺めてされるがままになっている同期を問いただす様に睨みつける。

「毎日じゃない。マーレへの忠誠心ってやつが揺らぎそうな時に、たまに…。そんな事より、なんでアンタがここにいるの?」

二人が会話をするのはこれがほとんど初めての事だった。
そもそも、ルーという少女が誰かと会話をする事が非常に稀な事なのだ。

「…いつも訓練が終わって皆んなが帰るのに、お前だけ反対の方向へ行くから気になってつけてきた。じゃあこんなことしてるから…」

「よく一緒にいるノッポと、さっさと帰れば良かったのに」

目を合わせて会話をするのが苦手なルーは、彼女を真っ直ぐに見据えるライナーの視線に居心地が悪く、手当てが終わり解放された左手首に視線を落とす。

「ベルトルトなら先に帰ってもらった。ほら、俺らも帰るぞ。訓練が終わって長居してちゃ何か言われる」

「…先に帰れば。私はまだ帰らない」

「……だったらうちへ来いよ。とにかく収容区に帰ろう」

座り込むルーの腕を掴み立たせて、手を引いて兵舎裏を後にする。

"帰りたくない"

この時のライナーには、そう言っているように聞こえた。
だから、とにかく今いる場所から移動する為に言った言葉であった。

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りんどう(プロフ) - アオウサギ様、ありがとうございます。励みになります! (5月16日 1時) (レス) id: 59f64a6e8d (このIDを非表示/違反報告)
アオウサギ(プロフ) - マッジで大好き、、、応援してます!!!更新頑張ってください!!! (5月16日 0時) (レス) id: 8561e7888e (このIDを非表示/違反報告)
りんどう(プロフ) - ぷっちょ様、ありがとうございます。続きもよろしくお願いします。 (2023年3月8日 20時) (レス) id: 59f64a6e8d (このIDを非表示/違反報告)
ぷっちょ(プロフ) - 続き気になります✨ (2023年3月8日 20時) (レス) id: 88ce73b2aa (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:りんどう | 作成日時:2023年3月5日 17時

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