『パパがいる』

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「ほら、みかん。早く来なさい」


『ママ、ボタン押していい？』


「うん、どこ押すかわかる？」


『ここ！』


「あ、郵便」








夜7時

アパートの重たい扉を肘から押して

両手に持つ食材の入ったエコバックを反動で挟まらないよう慎重に通す

今日は卵のタイムセールでたくさん買い溜めたため、余計に注意を払うばかりだ

先にエレベーターに駆けるみかん横目に手に食い込みそうな持ち手を少し浮かせて持ち直す

娘はいつものようにエレベーターのボタンを押したがる

ボタンがオレンジ色に光ったら

郵便物を確認していないことに気づいた









「ちょっと待ってみかん、まだ乗らないでよ」


『きたよ〜』


「ちょっと待ってってば」


『ま〜ま〜』








こんな時、郵便ポストのダイヤルロックに苛立つし

心の中で、こんな面倒なものを良いと思った人たちはいかなるものか、とも

理屈もクソもない八つ当たりをしたりする

やっと開けて、中のものを取り出す

チラシ、白い封筒、水道会社の広告がプリントされた薄い磁石

両手がふさがっているというのに雑にそれらを指に挟んで

私を待つみかんとエレベーターへ









｢みかん、お風呂入ろうか｣


『お腹空いた〜』


｢そうだね、ママもペコペコ。でも先にお風呂｣


『プリキュ〇のやつ入れる！』


｢先にパジャマ持ってって〜！｣








冷蔵庫に買ったものを詰める

キッチンのそばの床、この部屋の古びを感じさせてくれる

フローリングのどうしようもできないベタベタ

長年の油が染み付いて離れない

オマケに軋む

気休めに敷いた薄ピンクのキッチンカーペットもフカフカだった毛先がペタっと寝て灰色くなっていた

黄ばんだキッチン棚に缶詰を並べる








｢あ、こんなに余ってたんだ。なんだもったいない｣








まだ十分にストックがあることを忘れて新しく買ってしまった

食べたかった少し高いお肉を今月もケチったというのに

少しずつすり減るお金とこの身に『欲求』なんて論外

そんな脅迫があってこそ今生きてられる








｢はあ、しんど｣


『ま〜ま〜！はやく〜！』


｢すぐいくよ〜｣








ピンポーン








｢え？｣








こんな時間に誰だろう

もしかしてお母さん？

私は音を立てないように玄関に近づいて

こっそり向こう側を覗いた

黒い服の男の人

顔はマスクで覆われている

怖っ

居留守にしよう…









ドンドンドンドンドン！









｢警察っ｣

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