あの日に戻れるなら。【 srr 】

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「……っわ、」




突然手を掴まれたかと思えばぎゅっと抱きしめられる。


ああ、この心臓の音なんてすぐにばれちゃうのかな。

ああ、あったかい。




「好きだよ、A」

「……ばか」




そんなこと言われたら、本当に離すのをやめてしまいそうになるのに。

なかったことになんて、できないでしょう？


痛い、痛いの。わたしだって。

辛くて、苦しいの。




「彼方はさ、今日結婚式をするの。みんなの前で、愛を誓うの」

「……」

「婚姻届だけじゃ証明できないそれを、彼方はたくさんの証人の前で証明するの。もう戻れないところまで来ちゃったんだよ」

「それじゃあ、まだ結婚式は始まってないんだから、……」

「じゃあ、今から結婚式を中止にするとでも言うの？」

「ああ、そうだよ」




涙が一粒溢れる。

こんなにもわたしたちは愛し合っているという証明はどこにもないんだ。ふたりで伝え合っても、それは証明にはならない。




「なんで、なんでもっと早く言ってくれなかったの……！もしあのときに好きだって言ってくれてたら、こんなことにはなってなかったのに、」

「それは、ごめん」

「言っちゃったじゃん、わたし。もう彼方の事好きって言わないって、言っちゃったじゃんか……！」




少し過呼吸気味になりながらそう叫ぶ。


未だ抱きしめられたままのその体温は、最初から最後まで私のものではなかった。


はあ、と息を整えてから口を開いた。




「……あの日には、戻れないんだよ」

「……え、」

「ありがとう、彼方。好きって言ってくれて、本当に嬉しかった。今まで生きてきた中でいっちばん嬉しかった」




これは、本心。




「でもさ、散ってしまった花はもう1度咲くことができないでしょう？それと同じだよ。もう、どうにもできない」

　


これは、嘘。

戻れなくたってまた一からやり直せばいい。今までのことを全部思い出にしてしまってやり直すことだって可能だと思う。


でも、私はそれを望んでいない。




「かっこいい言葉使うとユーフォリアってやつだよね」

「……ユーフォリア、」




ユーフォリア。根拠のない多幸感。




「わたしにユーフォリアをありがとう。本当に、本当に、今までありがとう」

「待って……！」

「ごめんね、ごめんね」




気持ちに応えられなくて、ごめん。

本当に全部私が悪いかといえばそうではないと思う。でも、彼方の辛そうな顔見てしまえば謝ることしかできなかった。


結婚式には大層不似合いなグシャグシャな顔のまま全力で彼方に向けて笑ったあと、ドアを開けてその部屋を出た。




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