黒side ページ15
「あれ？珍しい、一人かいな」
コソコソとギターの練習をしようと早めにスタジオに入っていたら、少し後からヒナが入ってきた。
第一声は相変わらずおっさんみたいな言葉やったけど。
「ちょっと練習や」
「頑張るのはええけど、無理しすぎたらあかんで？」
当たり前のようにキーボードの前に立ち、音を鳴らすわけでもなく鍵盤をただ触っている。
「………何しに来たん」
「ん？」
「いや、練習しに来たんちゃうん？」
「いや、別にそんなつもりじゃないで」
「はっ？」
ヒナは優しく笑ってから視線を鍵盤に戻した。
この表情のヒナが俺は嫌いやった。
優しく笑ってるけど、本心はそんな優しい気持ちじゃないのがわかってしまうから。
やけど、それを聞けるほどの勇気は俺にない。
ヒナは心の弱さを人に見せるのが下手やから。
俺にも出来る限り見せへんようにするから。
「練習せんのやったら休んどけよ。どうせろくに最近寝てないんやろ？」
「寝てるよ、ちゃんと」
「嘘つけ、顔色悪いねん」
「嘘ちゃうよ、今日もきっちり6時間睡眠してきたわ」
早くここに俺以外の誰かが来てくれたらと願う。
そしたらこいつはちょっと気持ちが安定するから。
俺と2人でおったら、無意識に気持ちを沈ませていく。
同期で色んなものを見てきて、同じものを背負ってきた俺やから、きっと無意識に気持ちが傾くんやろうけど。
それでも、俺は
「じゃあもうちょい元気な顔せぇや」
暗いヒナは見たくない。
「………あんたは、ホンマに人のことよう見てるな」
「当たり前じゃ。一番年上やねんからな」
「ムキになんなや」
ヒナは笑ってその場にゆっくりと座り込む。
「ライブ……絶対成功させんとな」
「当たり前やわ。俺らのライブの中で一番大きい舞台やねんから、ここで失敗なんか絶対出来ひん。……俺らは、約束果たすしかないねんから」
「………せやな」
“約束”
3年前にここを去ってった親友との約束。
お互いにこれからも前を向いて、成長し続けようって。
あいつの事を止めきれんかった俺は、そんな素直に約束出来るかなんて思ってた。
やけど、今やからこそ出来ると思う。
『あとさ、もう一個約束してええか？』
『なんやねん。まだ宿題残していくんかお前は』
『これはヨコにしか言えへん約束やから』
『………なんやねん』
『彼奴らのこと、ちゃんと見たってな』
『はっ？』
『彼奴ら全員アホで繊細やからさ』
ちゃんと、その言葉の意味も分かるから。
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作者名：ひなまる | 作成日時：2022年6月27日 17時
