【名探偵コナン】 勿忘草の花言葉 【安室透】

Episode 35 ページ37

「……綺麗だ」
思わず漏れた感嘆の言葉。と、ため息。

海面に映った大きな満月が、波に合わせてゆらゆらと揺れる。
街灯はあたりに見当たらないが、月光のおかげでお互いの顔が見えるくらいには明るい。

「綺麗だ」
もう一度、噛み締めるように呟いた。
波の音だけが二人の間に静かに漂う。
ハイウェイを走る車の音も、頭上の飛行機の音も、馬鹿みたいな爆音を立てるバイクの音も、全てが遠くに聞こえる。この世に俺たち二人以外の生き物が存在していないかの様な、そんな感覚に襲われる。

潮風に靡く栗色の髪をそっと抑えながら、何処か遠くを見つめているAの横顔は、とても美しく、そしてとても悲しそうに見えた。別れの時間が刻一刻と近づいているのが、目に見えるように分かる。

「A、」
静寂を破ったのは俺だ。溜まらなくなって名前を呼んだ。
『夢だったんだ』
にっこりと笑いながらそう言うA。
『ここの景色を、一緒に見るの』

話を聞くと、Aはあの日の失敗を忘れないよう、よくここへ足を運んでいた様だ。
嫌な事があったときや、失敗してしまったとき。ここの景色を見に来るという。

『貴方と見ることが出来て、良かった』
Aの美しく、海の様な深い蒼を湛えた瞳から、すうっと涙が零れた。
『ごめんね、零』
『ごめんね、』

『私、気づいてた』
『気付いてたけど、黙ってたの』
『ごめんなさい、だって……嫌だったから。寂しかったから』

「何、が……」
堰を切ったように話し出すAに少し驚きながらも訊ねる。
『……私ね、酷い女なの』
「はあ？どうしたんだよ、急に……」
『怪我をして入院していた姫宮ちゃんに、嫉妬してた。零があんまり姫宮ちゃんのこと心配するから……だから、私が死んでも悲しんでくれなかったのに、って、思った』
「……」
Aがそんな風に思っていただなんて知らなかった。Aが死んだのに悲しんでいるように見えなかった……だと？
そんなはず、ないだろう。
Aが死んで、一番悲しんだのはこの俺だ。絶対にそうだ。だってAは俺の所為で死んだのだ。俺の優秀な部下が。大切な幼馴染が。俺の所為で死んだのだ。

『怪我人に嫉妬するような女なの。それでも、私のこと嫌いにならない？』
「当たり前だろう！」
少し怒鳴ってしまった。すまない、と謝り、話の続きを促す。
『良かった』
へらりと笑い、そう言うA。涙が宝石の様に輝いた。

『私、気づいてたの。私の、未練のこと』

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