insight(Hikaru.I)

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岩本くんは、今日は特別ご機嫌だ。
それもそのはず。
年に一度、大好物をみんなからプレゼントされる日なんだから。



「律儀だね、社用車で食べないなんて。」



取引先でもらったバレンタインチョコを、にまにましながら持ってるから運転代わるよ？って言ったのに。



「ちゃんと味わって食べたいんですよね。片手間に食べたらチョコレートに対して失礼じゃないですか。」


「そっち？」



その考え、ちょっと向いてる方向が私とは違うんだけど。まぁ、チョコに対する情熱がそうさせてるのかな。

報告書をまとめて、一息入れようと給湯室でコーヒーをいれる。
岩本くんたぶんチョコ休憩しに来るだろうから、彼の分もいれておこう。



『コーヒー飲む？』



とLINEするとすぐに彼はやってきた。かわいらしくラッピングされたチョコと一緒に。


いとおしそうにチョコを口に運ぶ顔は、普段の強面からは想像もつかない。例えて言うなら、大好きな人に告白されたくらいの幸せそうな顔をしてる。



「ホントにチョコ好きだよね。」


「あ、ごめんなさいAさんも食べます？」


「いいよ、岩本くんがもらったものでしょ？」


「や、まじでうまいんでこれ。」



どうぞ、と差し出された運ば有名なチョコ専門店のものだ。

口に運ぶと、甘酸っぱい香りが広がる。



「おいし。」


「でしょ？ドライフルーツ入ってて、たまんないですよね。」


「チョコ好きって知られてるといいことあるね？」


「そうですね。」


「Aさん、なんかひとつ忘れてません？」


「ん？」



もしかして、チョコ、かな。
会社では3年前から義理チョコ制度をやめましょうという決まりができて。私は誰にも渡してないんだけど。

確かに岩本くんには渡した方が良かったのかもしれない。



「…いや、あの。岩本くん、毎年たくさんもらうし。ね？」


「えー、なんで？ホントにくれないんすか？俺Aさんからのチョコほしい！」



甘えん坊の岩本くんが発動した。
たまに見せるこの年下全開のところ、本当にかわいいなって思う。
でも、申し訳ないけどないものはない。


「もう買いにいけないから来年ね。」


「約束ですよ？絶対に来年もらいますから。」


「分かった。」



その時、うつむいてボソッと呟いた言葉は、私の耳には届かなかった。



“…惚れたが負けってこういうことか”



甘くて苦い、バレンタイン。

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