18 ページ18
…
一瞬何が起こったのか。
よく分からなかった。
顔に触れるジャケットからは岩本くんの吸ってるタバコの匂いがして。私は強く抱き締められていて。
ドクドクと脈打っているのは、私なのか彼なのかさえ分からないほど近い。
腕を振りほどくなんて、できなかった。
ううん、
したくなかった。
私の心の動きをすぐに察してくれた。やっぱり岩本くんだな、って。
その温もりに甘えた。
「Aさん…、今から困らせること言います。」
「……何？」
ゆっくり体を離すと、ゆるく抱き締められたまま岩本くんが切ない瞳で見つめてくる。
「…旦那さんと、別れてください。」
「…。」
「そんなに苦しみ続ける結婚って、意味があるんですか…？俺だったら絶対そんな思いさせません。」
Aさんは俺の大切な人だから。これ以上傷ついてほしくないです。
大きな手のひらが、私の頬を包む。
暖かいその手は少しだけ震えていて。真っ直ぐな思いが伝わってくる。
でも。
その思いが分かるからこそ。彼の気持ちに応えてはいけない気がした。
「岩本くんには、関係ない話でしょ、」
「好きなんです。もう、好きすぎて嫌いになりそうなくらい。」
いつもの煙草混じりの彼の匂いが、私を埋め尽くしてく。
好き。
その言葉を伝えるのに、彼はどれだけ勇気を出してくれたのか。
それを考えるだけで、胸がぎゅっと痛くなった。
背中にまわされた手が、遠慮がちに髪を撫でて。熱を含んだ瞳で見つめられる。
もし、この人に素直に甘えられたらどんなに楽になれるだろうって。見つめあっていると、少しずつ距離が近づいて。吐息が、かかって。
唇が、触れる寸前で止まった。
「…ここでやめときます。Aさんを悪者にしちゃいけないから。」
「岩本くん…？」
どこまで律儀な男なんだろう。
傷ついているところにつけこんだりしない、私のせいにもしない。
この人にもっと早く出会えてたら、
「泣かないで。」
また、大切そうに私のことを胸に寄せる。
出会いのタイミングって。悔やんでも悔やみきれない。
あの頃に戻れたら、誰のことも傷つけないのに。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 906人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
みち(プロフ) - うみ♪さん» うみ♪さんコメントありがとうございます。以前も読んでくださってたんですね。不思議なめぐり合わせ、とても嬉しいです!また読んでやってくださいね。 (2021年1月31日 15時) (
レス) id: 375937212d (このIDを非表示/違反報告)
うみ♪ - こんばんは！初コメです！ケンティーメインのお話の時から好きで、ずっとまた作品見たいなあと思っていてひーくんメインのお話で覗いて見たら作者にみちさんのお名前が！！こんなことってある！？ってなりました！過去作も読ませてもらってます！ (2021年1月31日 0時) (レス) id: ebee9b3126 (このIDを非表示/違反報告)
みち(プロフ) - まりんさん» コメントありがとうございます。このふたりには幸せになってほしいので。その後を書くことにしました。これからもよろしくお願いします。 (2020年8月27日 20時) (レス) id: 375937212d (このIDを非表示/違反報告)
まりん - 続編ありがとうございます。幸せな2人の今後の展開がとても楽しみです。更新ありがとうございます。 (2020年8月24日 22時) (レス) id: f071218485 (このIDを非表示/違反報告)
みち(プロフ) - おこりさん» コメントありがとうございます。更新なかなかできない時もあったのでお待たせしていたかもしれませんが、読んでいただいて嬉しいです！また番外編書くつもりなので、また読んでやってください！ (2020年8月17日 12時) (レス) id: 375937212d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：みち
| 作成日時：2020年2月24日 21時
