ひとつ屋根の声【赤】

01:繋がった２つの部屋 ページ1

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その日は月がすごく近くて綺麗で、ベランダで流れる雲を見上げていた
東京は星が見えない、と笑いながら一人でお酒を飲むはずだったのに。
カラカラカラ、と隣で戸が開く音がした

どうやら隣の住人も月を見るために外に出たようだ

ひとりじゃない心地を密かに感じながらもう一口お酒を飲むと、歌声が聞こえてきた

苦しそうな、静かな歌声


オンリーロンリー ひとりでどうしたらいいん
あれからまだ笑われへん
オンリーロンリーでいられない俺でも


そのあとに渇いた笑い声がつづく


「ここ降りたら、死ねるやろうか」


聴き慣れない関西弁に、自分の顔から血の気がひいたのがわかった

かしゃん、と格子にまたがるようなそんな音がして焦る

いや、ここ4階だし、絶対死ぬ気だ
だめだめだめだめ、

ふと目に入った
“非常時はここを蹴破ってください”
の文字

その時のわたしは、酔っていたのかもしれない

気づけば、「早まらないで」と叫びながら
隣と隣を仕切る薄い壁に突進していた




「え…」

目の前には、組んだ腕を格子に乗せた男性が
無様に転んだような私を
驚きながら見つめていた


不法侵入で訴えられる
あれ、この壁の修理っていくらかかるんだろう

そんなことがぐるぐると頭の中で回って
なにも言えないでいると、男性はいきなり笑った

「びっくりしたぁ！」

非常事態ですか？と笑いながら言う彼はさながら太陽のようで

『あなた、が死ぬとかいうから、』

「あはは、心配してくれたんや！ありがとうございます〜！」

爆笑する彼が先ほどまで悲しそうに歌っていた人とは思えなかった

泣く、というより笑う人

だけど少し、気のせいかもしれないけど、目が赤いのと瞳の下に笑顔に似あわないクマがあった


「えっと…なにさん？」

『あ、隣に住んでますAです。
……あの、修理代、出しますんで、』


「ええよ、そんなん！
Aさんが来てへんかったらほんまに飛び降りてたかもしらんしな！」


冗談のようにいうそれは、全く冗談に聞こえず
来てよかったかもしれないと少し思った


『いや、でもこのままだと繋がったままになりますし…』


「もうもはやそれでええやん！
……俺、たまーにこういう夜があるからさぁ」


切なそうに下を向いて笑う
これだ、きっと
さっきこの表情で歌ってた

『じゃあ、そんなとき私の方に来てください！
破っちゃったお詫び、っていったら何ですけど
ご飯とか作りますんで！』



これがきっと、すべてのはじまりだったのだ

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