scene230 ページ30
「でも、事故……って、そうか。入れ替わったんなら、病気のことは知られちゃまずいのか」
「や、やっぱり、入れ替わったのは事実なんですか」
不動さんは少し間を置いて答える。
「……おれはそう聞いてる」
「Aからですか？」
「ああ」
不動さんは、Aから直接聞いていたんだ。でも、野坂が聞いていたのと違う。
野坂がAから聞いていたのは、違う世界から来たということ、入れ替わったというのは、聞かされていないはずだ。
野坂に話した時点では、Aは入れ替わった記憶を忘れていた。でも、不動さんに話したときには、思い出していたのか。
「Aは……飛び降りたときには、全部思い出していたんですね」
「たぶんな」
「だから、Aに記憶を取り戻して欲しくないんですか？」
思い出したら、きっとまた同じことを繰り返すから。
知らなかったから、止められなかった。知っていても、止められなかった。
なんで思い出したとき、野坂じゃなくて、不動さんに話したのかはわからないけど。
思い出して欲しいのも、思い出さないで欲しいのも、どちらもAを思ってのことなんだ。
思い出さない方がいいんじゃないかと思ったこともあったけど、たぶん、それじゃだめなんだ。
不幸からは逃げた方がいい。でも、目を逸らしただけじゃ逃げたことにならない。
思い出さなければ、なかったことではないんだ。全部、既に起こってしまったこと。
その全てを、たぶん不動さんは知っている。
「お前は怖くねえの」
不動さんはゆっくりとこちらに顔を向ける。
「思い出したとき、どうなると思う」
その瞳には、脆い光が灯っていた。
いつもの獲物を狙う狼みたいな鋭さが消えて、突いたら壊れてしまうガラスみたいだった。
不動さんは、ずっと怯えていたのだろうか。
「どうなったとしても、なんとかしてみせます」
無責任だろうか、こんなことを口にするのは。
「簡単に言うなよ」
不動さんはため息みたいに絞り出す。
「不動さんだって、そうでしょう」
瞳の奥の、小さな灯が揺れる。
ポケットに手を入れたままゆっくりと歩き出し、横を通り過ぎる。そのとき、小さく呟いた。
「おれはそこまで馬鹿になれねえよ」
おれは振り返って、廊下の奥の薄闇に消えて行く背中を見送った。
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鈴松信@誤字り姫@しんしん[受験により低浮上](プロフ) - コメント失礼します!面白くて一気読みしちゃいました!向こうの世界からオリオンの世界にエイリア石で来る…っていう考えが私の作品と似ていて凄く興味を惹かれました!更新無理せずにファイトです! (2019年6月11日 17時) (
レス) id: e085487720 (このIDを非表示/違反報告)
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作成日時：2019年6月2日 1時
