scene44 ページ44
「あ、戻ってきたよ、Aちゃん」
その話題は、そこでなんとなくうやむやに終わった。
戻ってくるなり、Aはマネージャーたちに詫びを入れていた。
「夕食作り、手伝えなくてすみませんでした」
「いいのいいの！ 監督に言われて罰を受けてたんでしょ？」
「一体どんな恐ろしい罰を……」
なにやらマネージャー同士で話し込んでいるようだ。
「Aちゃん、今日はあまり参加できなくてごめんね」
その輪の中に野坂が入っていった。
「なんだよお前、さぼったのか？」
近くに座っていた灰崎も加わった。
「さぼっただなんて人聞きが悪い、検査があって抜けざるを得なかったんだよ」
「どうせラッキーとか思ってたんだろ」
西蔭が灰崎を睨みつけていた。
「ああ、そうだ、そういえば」
そこで野坂がAの方を向く。
「ぼくたち付き合うことになったんだよね」
野坂の放った言葉で、賑やかだった食堂に静寂が訪れた。
だれかがスプーンを落とし、からんという音が響く。
やりやがった……野坂のやつ。
なんの脈絡もなく、野坂は交際宣言をした。しかもこんなタイミングで。メンバーが集まる夕食後の食堂という場所と時間をわざわざ選んだ。一体なんの為に？
Aとの関係をひけらかしたいとか、そんな目的ではないのは確かだ。とにかく今すぐ止めないとまずい気がする。
「ええええええ！」「ま、マジかよ！」「ちょっと……野坂さん」「お前らいつの間に！？」「お、お、お、おめでとう！」
阿鼻叫喚。一瞬の沈黙の後、みんなが一斉に声を上げた。
「ところでAちゃんは恋人には隠し事をしないタイプ？」
おれが立ち上がるより先に野坂は訊いた。
多数の声がうねる中で野坂の声だけは、なぜかはっきりと聞こえた。
少しずつ騒がしさが静まっていく。みんな、二人の様子を見守っていた。
二人の間にあるのは恋人同士の甘い空気なんてものではなかった。それは、ここにいる全員が感じ取っていただろう。
「え……、う、うん……？」
流されるままにAは答えた。
「じゃあ、ぼくの質問に答えてくれるよね」
野坂の表情から笑みが消えた。
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作成日時：2019年1月29日 0時
