夜明けを待つ月【吉良ヒロト】 (ページ32)

今日:4 hit、昨日:9 hit、合計:102,168 hit

scene32 ページ32

野坂の方に目をやると、じっと一点を見つめ考え込んでいるようだった。

ひとりでうんうんと頷き、それからぼそっと独り言のように言った。

「彼女はサッカー経験がある。しかし、それを隠す必要があった」

野坂の目には濡れた闇が溜まっていて、おれは背筋がぞくりとした。

「そんなわけないか」

そう言ってからからと笑った。

・

グラウンドでの撮影の後、屋上、廊下、体育館といくつも場所を変え、くたくたになるまで撮影は続いた。

「よし、じゃあ行こうか」

その後休憩に入り、ようやく休めると思ったところに、野坂がやって来て、おれとAは男子更衣室へと連れていかれた。

「なんで更衣室？」とAが訊いた。

「ここはスタッフの荷物が置いてあるんだ」

野坂はポケットから鍵を取り出し扉を開けた。どこから持ってきたんだ、その鍵。

「入って」と促され、おれとAは更衣室の中へと入っていく。野坂は周囲を確認してから扉を閉め、内側から鍵をかけた。

「鍵かけるの？」

Aが首をかしげる。

「うん。だれか来たらまずいからね」

ばれたらまずいことをこれからするらしいのに、野坂は余裕そうだった。

「男子更衣室って初めて入った」

Aはぐるりと見回した。もの珍しそうにしているけど、女子更衣室と構造は変わらないと思うぞ。

「おい、なんでおれら連れてこられたんだよ」

「それは、これを見てもらえばわかるよ」

野坂はたくさん置いてある鞄の中のひとつ、黒のボストンバッグをごそごそとあさった。

「それ、野坂くんの？」とAが訊くと、野坂は「違うよ」と答えた。違うのかよ。

「人のもん勝手にさわっていいのか」

「あったあった。見て、これ」

野坂の手には黒いスマートフォンが握られていた。

おそらく他人の物だろうが、慣れた手つきでロックを解除し、しばらく操作を続ける。

「やっぱり、思った通りだ」

おれとAは顔を見合わせ、野坂の手元を覗き込んだ。

「なっ……！」「うそ……！」

おれとAの声が重なった。