夜明けを待つ月【吉良ヒロト】 (ページ25)

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おれはその場を逃げ出してしまいたかった。

目の前に立っているこいつはだれなんだ。なにを言っている。

「死ぬのは怖いよ」

おれはその場に立ち尽くして、必死に言葉を探す。

「でも……生きていることは、もっと怖い」

Aの背後に危うい霧がかかった崖が広がっている気がして、おれはたまらず手を伸ばした。

「もうやめろ！」

おれはAの肩を掴んで揺さぶる。

「お前、変だぞ。絶対におかしい」

ストーカーの恐怖で、パニックになってんのか？じゃなきゃおかしい。ありえない。Aがそんなこと言うはずがない。

「痛いよヒロト……」

Aの抗議に肩を掴んでいる手に目をやると、指が食い込むくらい強く掴んでいた。

おれははっとして手を離す。

「……なにかあったのか」

おれは恐る恐る訊いた。

「なにかって？」

「なにか……嫌なことでもあったのか」

こういう訊き方であっているのか？落ち着こうとしても、自分が相当取り乱していることは明らかだった。

「なにもないよ。アイドルもマネージャーも、自分の好きなことをさせてもらって。私、結構幸せだよ」

「じゃあなんで……！」

そんなこと言うんだ、平気な顔して。せめて辛そうな表情でも見せてくれたら、まだ受け止められたのに。

「うーん……たぶんこれは、私が元々そういう性格ってだけなんだよ」

「意味わかんねえよ」

「私もわからない。だから、あんまり気にしないで」

そう言って笑った。

もう何度見たかわからない、何者にも汚されない笑顔。

その裏にどれほど傷を隠しているか、おれには想像もできなかった。

「こんなこと、話すつもりじゃなかったんだけどな。ヒロトってなんか話しやすくて、余計なことまで話しちゃう」

「忘れて」と言ってまた笑った。